! 今週の1枚! ! バックナンバー ! ! Vol.15 ! |
曲目 F.Poulenc: 2台のピヤノと管弦楽のための協奏曲 連弾のためのソナタ 2台のピヤノのための「カプリチオ」 シテール島への船出(2台) エレジー(2台) D.Milhaud: スカラムーシュ 演奏 Katia & Marielle Labeque CD番号 Phillips 426 284-2 音楽の捉え方、曲に対する解釈は、聴く人それぞれに異なります。ですからこちらで紹介したからといって、それが万人向きであるとは限りません。これはどの演奏に関しても言えることです。・・・と、このように書いたのは、これから紹介するCDをベタ誉めするからです。 このCD、6曲のピヤノ・デュオ(うち1曲は協奏曲)が収録されています。評者の捉え方では、いずれの演奏も現在聴き得る、その曲の最高峰に位置づけられる演奏だと評価しています。他の演奏の追従を許しません。 弾けるリズムとワクワク感、鮮やかに切れるタッチ、そしてあるときは濃厚な抒情。またふとかいま見せる可愛い表情。ここに収録された曲たちが弾き手に要求していることを150%実現しているのです。 全部を紹介すると長くなるので、評者の好みを2、3点。まず、圧倒されるのが、Milhaudの「スカラムーシュ」、特に最後の「ブラジレイラ」は圧巻です。第2ピヤノの3+3+2のリズムを使って、何と4小節の“前奏”を付けています。第1による熱気溢れる有名なテーマが、その“前奏”の後から出るのですね。最初に聴いたとき、これには驚かされました。それからメロディーにあちこちで楽譜にない装飾音を付けたり、思い切りメロディーを崩してみたり。 こうした演奏には賛否両論があるでしょう。「こんなのとてもではないが受け入れられない」と仰る方も意外と多いのではないでしょうか? 評者もこれは良し悪しだと思っておりまして、一般の演奏者がこんなことをやっても作品の本質を見失わせるだけで、百害あって一利なしです。Labeque(あるいはその水準にある演奏者)だからこそ許されることかも知れません。評者としては、非常に面白く愉快な演奏として受け止めました。何と言っても彼女たちのセンスの良さが光っています。「ブラジレイラ」だけでなく、生き生きした第1楽章、ほんのり可愛さと密やかさが漂う第2楽章も出色の出来です。以前来日したときLabequeはこれらをステージで披露したそうですが、聴きに行けませんでした。本当に残念です。 Labequeの持つ別の側面を見せるのが、Poulencの「エレジー」。ドキリとするくらい、官能的です。この曲はいくつもの録音やステージで聴いていますが、これほどまでに官能的にやった例はないでしょう。ロマンティシズムの徹底した追及が、ここにあります。これ以上やったらやりすぎて、演奏が破綻してしまう、そのぎりぎりの線を見事に突いています。「崩壊する寸前の美」とでも表現できましょうか。おそらくKatiaでしょう、旋律に合わせて、かのGlenn Gould並みに、思い切り声を出して歌っています。この曲にとってひとつの究極の姿であると言えます。ただし、前出の「スカラムーシュ」同様、「危険ですから、真似をしないで下さい」の類の演奏だと思います。 その他の演奏も、どれも生き生きしていて素敵です。Poulencの「シテール島への船出」など、松永晴紀先生が指摘されていらっしゃる「まるで、対岸の遊園地にフェリー・ボートに乗って遊びに行くときのワクワクする気分」を、実に見事に体現しています。 これが録音されたのが1989年。もう15年も前です。しかし、その輝きと鮮やかさは、今でも失われることはありません。むしろ、その15年間に、これを超えるような演奏が出なかったほど、素晴らしい出来であると言えるのではないでしょうか。 さて楽譜。「協奏曲」「カプリチオ」「スカラムーシュ」はSalabert、「ソナタ」はChester、「シテール島への船出」「エレジー」はEschigからそれぞれ出ており現役。容易に入手可能です。 CDは現在、日本だけで入手可能。オンラインですとamazon.co.jpで入手できます。ずばり「これ」です。(2004年9月28日記) |
曲目 A.Schnittke: ゴゴルによる「修正社会主義者の物語」 D.Shostakovich: ワルツ 小協奏曲 R.Gliere: 6つの小品 A.Borodin: タランテラ(2台ピヤノ版) 演奏 Natalia Zusman & Inna Heifeta CD番号 Sonora Productions S022566CD ロシヤのピヤノ・デュオを集めた1枚。・・・・と書くと、RachmaninoffやらScriabinやらTchaikovskyかと思われそうですが、さにあらず。冒頭で記したように、Schnittke、Schostakovich、Gliere、それにBorodinです。Schostakovichを別にすると、ピヤノ・デュオとしては「珍し系」の曲が揃っていますね。なかなか興味深いCDです。 最初のSchnittkeですが、これが面白い。最初はちょっとした「ゲンタイオンガク」風ですが、いきなりBeethovenの「運命」が出てきたり、ウイットに富んだ旋律が現れたりと、なかなか楽しい作品です。実はこのCD、解説がやたらに簡素で、この「修正社会主義者の物語」がどんなお話なのか、何にも書いてありません。記載されているのは、元々は管弦楽のための組曲だったものを2台ピヤノに編曲した、ということだけ。誰が編曲したのかも分かりません。それは、それとして、2台ピヤノ曲としても楽しめる作品ですよ。ただ申し訳ないことに、楽譜の出版元がどうしても分かりませんでした。これからも探し続けてみますが、御存知の方がいらしたらご一報下さい。このCDを聴いたら、きっと「弾いてみたい」と仰る方が現れるでしょうから。 Schostakovichの「ワルツ」。これだけは連弾の演奏です。演奏としては水準の出来でしょうか。一般的な演奏から見ると、ややゆったり目かも知れません。同じ作曲者の「小協奏曲」も、まずまずでしょう。これもゆったり目の演奏ですが、音の作り方に切れがあるので、それほど間延び感はありません。むしろ丁寧に音楽を作っているのが伝わってきます。ただ、この曲は名演も多いので、「これが一押し」とは申し上げられません。聴く側の好き好きでしょう。楽譜はいずれもSikorskyから出ています。「小協奏曲」は全音楽譜出版社からも出ているので、日本国内でも容易に入手可能です。 Gliereの「6つの小品」。とてもロマンティックな曲ですね。曲の存在自体はかなり知られていますが、演奏される機会は非常に少ないです。録音もほとんどありません。その意味で、このCDは貴重でしょう。このデュオはとてもさらりと弾いていて、土臭さのない爽やかな演奏をしています。聴いていて気持ちがいいですよ。松永晴紀先生も指摘されていらっしゃいますが、全曲のまとまりもよく、各曲がそれぞれ特徴を持っているので弾いても聴いても楽しいでしょう。楽譜はInternationalから出ています。 よく分からないのがBorodinの「タランテラ」。一般にはオリジナル連弾曲として知られています。ところがこのCDの解説を読むと、Borodinは連弾版と2台ピヤノ版の2つを作ったと書いてあります。で、ここで録音されているのが2台ピヤノ版で世界初録音とのこと。ところが手持ちの文献や、ネットでいろいろ検索してみても2台ピヤノ版について言及しているものは皆無です。ひょっとして「新発見」なのでしょうか? 演奏を聴いてみると確かに2台ピヤノ用に書かれたものを使っているようなのですが。済みません、連弾用の楽譜が手元にないのでこれ以上のことは何とも申し上げられません。ちなみに連弾用の楽譜はInternationalから出ているのですが、松永先生によれば、両者の手の接近が多いためInternational版の楽譜では、2台ピヤノで演奏することを勧めているとのことです。 このCDは、amazon.comで入手できます。「これ」です。(2004年9月13日記) |
曲目 佐藤敏直: 四手のためのディベルティメント 地球へのごあいさつ ちいさな心象 「冬眠」〜2台のピアノのための 演奏 佐々木素&山内知子 CD番号 MSTY-2 久々の「今週の1枚」。まったく久々に日本人作品です。このディスクは、佐藤敏直氏の作品ばかりを集めました。ひとつを除いて曲の存在は有名ですが、実際に「音」をお聴きになった方は、それほど多くはないのではないでしょうか? 幸いここに、佐々木素氏と山内知子氏による、素晴らしい録音があります。一貫して冴えたテクニックと絶妙のアンサンブルで曲を面白く聴かせてくれます。 4曲収録されているうち「四手のためのディヴェルティメント」は「日本版Bartok」といった趣の作品。作曲者によれば、気軽に2人の奏者が鍵盤上で遊び、楽しむことができるように配慮した」とあります。あちこちで鋭い不協和音が聞こえたり、無調の響きがしたりと決して初心者向きではありませんが、とても充実した連弾曲です。それを佐々木&山内のお二人は、いかにも楽しそうに弾いているように聞こえます。何だか本当に鍵盤上で遊んでいるみたいに。これは渋い大人の楽しみですね。 「地球へのごあいさつ」は、一転して楽しい作品。作られた目的も「先生と生徒」あるいは「少し力のある生徒同士」で、これまた楽しんで弾けるように書かれています。一般的な意味での親しみやすさから言ったら、「ディヴェルティメント」よりこちらかも知れません。20の小品で構成するのですが、佐々木&山内組は曲それぞれの性格を見事に弾き分け、聴き手を飽きさせることはありません。 「ちいさな心象」も、とても親しみやすい曲集。清冽で繊細に流れる音。曲も良いのかも知れませんが、このデュオの力量が十分に発揮されています。曲そのものは決して技術的に難しくはないとのことですが、このデュオが訴えかける音楽は心に滲みます。 ここまでは連弾曲でしたが、佐々木&山内組の依頼で書かれた2台ピヤノ曲「冬眠」が最後に収録されています。個人的には、この曲がこのディスクの中で最も身近に感じられた曲であり演奏です。2つの小品で構成し、両曲ともほぼ無調。でも全然難解ではありません。素晴らしくピヤニスティックで、2台ピアノという編成の特性をうまく引き出した作品です。楽譜を分析していないので何とも言えませんが、少なくともこの演奏を聴いた限りでは、そのように感じました。特殊なことは何もやっていませんし、強烈な個性があるわけでもありません。でも、とても美しい。そして2台のピヤノの対話には、どこか心温まるものがあります。もしかすると、これは演奏者の力量でここまで聴かせているのかも知れませんが。いずれにしても優れた演奏であると言えましょう。 さて楽譜。「ディヴェルティメント」は音楽之友社から出ていましたが、店頭では市販していません。音楽之友社のサイトから直接購入を申し込んで下さい。オンデマンドでの出版となります。「地球へのごあいさつ」はカワイ出版から、「ちいさな心象」は全音楽譜出版社(「ピアノ・デュオ・コレクション 日本の作曲家によるオリジナル連弾曲集 IV」に収録)から出ており、市販されています。「冬眠」は残念ながら未出版の模様。 CDですが、演奏者の佐々木さんのお話ではプライヴェート出版とのこと。ただし、ヤマハミュージック東京銀座店および山野楽器銀座店には置いてあり、地方発送も可能とのこと。また佐々木さんに直接メールで申し込んでも入手することができます。(2004年9月6日記) |
曲目 W.A.Mozart: アンダンテと変奏 Kv.501 F.F.Chopin: ロンド ハ長調 Op.73 J.Brahms:ハイドンの主題による変奏曲 Op.56b P.Tscaikowsky: 眠れる森の美女・組曲 Op.66 M.Ravel: ラ・ヴァルス(2台) 演奏 Anna & Ines Walachwski CD番号 Ars FCD 368 359 最近、評者たちが注目しているピヤノ・デュオ「Anna & Ines Walachwski」による連弾と2台ピヤノの名曲集です。1枚のCDに収録するには、ちょっと曲の方向性がバラバラですが、それぞれが良い演奏なら、それでいいでしょう。 注目は、彼女たちの母国、ポーランドの最も有名な人であるF.F.Chopinの「ロンド ハ長調」。2台ピヤノのための曲です。1928年、作曲者18歳のときの作品。瑞々しい感性に溢れる曲ですが、何故か演奏される機会も少なく、録音もあまりありません。そうした中で、Walachwskiの演奏が光ります。「ポーランド出身だから、土や緑の香りに溢れたChopinかしら」と思ったら、完全に期待を裏切られます。もう徹底して冷徹に、そしてこのデュオ特有の線が細く鋭い切れ味の演奏です。そして、まるで早春の谷川の冷たい水が陽光をキラキラと反映させながら爽やかに流れるかのようなChopin。叙情性を排しながらも、作曲者の青春に肉薄しています。従来型の、ポーランドの香りを含んだChopinからは、かなり遠いところにある演奏と言えましょう。その意味では賛否両論かも知れません。ただ、評者たちは、この演奏を大変に高く評価しました。これも新時代のChopinなのでしょうね。 W.A.Mozartの「アンダンテと変奏」も、Chopinと同様の傾向。こちらも叙情性をあえて避けているような感じを受けました。演奏上、とりわけ変わったことはやっていませんが、かなり快速テンポで小気味よく弾いています。この作品特有の…Mozart後期の作品が持つといっても良いかも知れません…陰影は、ほとんど感じられず、冷たく突き放したようなイメージすら持ちます。ただ、変奏ごとの表情の変化がとても面白く、これはこれで聴き物と言っていいでしょう。 変奏曲という分野では、Brahmsの「ハイドンの主題による変奏曲」を取り上げています。2台のピヤノがガッチリ組んだ、緊密性の高い演奏。しかしここでも、冷徹性が首尾一貫して聞こえます。そして相変わらずの快速テンポ。ただ、よく聴くと、ひとつひとつのフレーズの作り方が大変に面白く、所々でちょっと奇妙なルバートをかけたりもして、はっとさせられます。この演奏は繰り返し聴いても飽きません。 同時収録されている、Tschaikowsky作曲Rachmaninoff編曲の「眠れる森の美女」は水準の演奏。Ravelの「ラ・ヴァルス」は、あまりにも多くの演奏が出ている中のひとつ…といった存在です。迫力よりも切れ味で勝負…といったところでしょうか。 さて楽譜ですが、すべて現役。ChopinはC.F.Petersから、TschaikowskyはForbergから、RavelはDurandから、それぞれ出ています。他の曲はあちこちから出ているので省略します。 このCDも2004年8月17日時点で現役。オンラインですと「amazon.de」で入手できます。ずばり「これ」です。(2004年8月17日記) |
曲目 A.Dvorak: スラヴ舞曲 第1集(Op.46)&第2集(Op.72) 演奏 Katia & Marielle Labeque CD番号 Philips 426 264-2 このCDが日本で購入できると知って、急遽アップいたしました。大変な名演であるにも関わらず、欧米では入手不能になっているのです。 その「名演」が、これ。どこまでもスマートでエレガント、そしてスピーディで自由奔放に鍵盤から吹き出るDvorak。ボヘミアの香りや土俗性をまったく感じさせないDvorak。評者にとって、究極の「スラヴ舞曲像」が、ここにあります。 まず最初の曲。作品46-1、ハ長調。これを聴くと脳天に一発直撃を喰らいます。これほどの熱狂感を持って弾かれた演奏が、他にあるでしょうか? そして奔放に。ただ単に熱狂的であるだけでなく、冒頭で述べたようにスマートさを常に備えている。奔放であっても完璧なアンサンブルが聞こえてくる。まさに、連弾の昇華とも言うべき演奏です。通常ですと4分前後で演奏される、このハ長調ですが、Labequeは3分20秒弱で弾いています。一般的な演奏を聴き慣れた耳には、恐ろしく快速に聞こえることでしょう。 そう、素晴らしいスピード感。それでいて、ちっとも荒れた演奏ではありません。むしろ、もの凄くひとつひとつの音を丁寧に、そしてクリアに響かせています。そしてダイナミクスの出し方は、意外にも楽譜に忠実。いや、多少誇張している感じもいたします。それがわざとらしさがなくて、とても自然。演奏全体が恐ろしくしっかりと作り込んであるのに、それを聴き手に感じさせないところ、このデュオの面目躍如と言えましょう。 他の曲も、ほぼ同様の傾向。ただし、大変有名な作品72-2、ホ短調では表情をがらりと変えます。あれっ??っと思えるような遅いテンポで、旋律を朗々と歌います。一般的な演奏では5分ちょっとの曲ですが、何と6分23秒もかけて演奏しています。だからといって、泥臭くなったり、演歌調になったりしていません。どこまでもお洒落。パリの裏通りにある、素敵なカフェでの楽しい会話みたい。特にプリモが奏でるコロラテューラ風の装飾音が絶妙にきれいです。これはこれで、聴く者の脳天に、強烈な一撃を与えます。 たくさんの演奏を聴いた「スラヴ舞曲」ですが、評者にとってはこの演奏が最良です。これを超える演奏は、なかなか出るものではないでしょう。ただ、評価としては真っ二つになるのではないでしょうか。ボヘミヤの香りを大切にしたい方や、ボヘミヤ音楽原理主義者の方には、とうてい受け入れられない演奏だと思います。 また評者の一人であるゆみこは、「聴いていて大変に疲れる演奏。ぐいぐい引き込まれて、気軽に聞き流せない」。まあ、優れた演奏など、みんなそのようなものなのですが。何はともあれ、耳にしておいて損はない、素晴らしい演奏ですね。 楽譜はあちこちから出ているので、出版元の記載は省略します。冒頭で申しましたように、このCDは日本だけで現役。オンラインですと「amazon.co.jp」で入手できます。ずばり「これ」。是非とも多くの方に聴いて頂きたい演奏です。(2004年8月9日記) |
曲目 B.Smetana: 我が祖国(作曲者自編による連弾版) 演奏 Igor Ardasev & Renata Ardasevova CD番号 Supraphon SU 3712-2 131 実に鮮やかな演奏です。音の粒がキラキラ輝いていて。管弦楽で聞き慣れた耳にも、きっと新鮮に響くことでしょう。 「我が祖国」の作曲者自編による連弾演奏は過去にもいくつかあったのですが、現代的なスマートさを備えた演奏として、この録音がダントツです。賛否両論はあると思うのですが、チェコ系の演奏に見られる「ボヘミヤ調」が聞こえてきません。ある種の爽やかさを感じさせる演奏。ローカルな香りをまったく排した、それは輝かしい演奏です。演奏はチェコのデュオなのですが、表現はグローバル。冷静でいて、それでダイナミックな表現力を持っています。 冒頭の「高い城」。この演奏を聴くまで、こんなにピヤノに似合うものだとは思いませんでした。そう、本当にピヤニスティック。これは他の5曲の演奏にも共通して言えることです。「我が祖国」の中では、御存知のように「モルダウ」が飛び抜けて有名で、連弾演奏でも「モルダウ」だけが盛んに演奏・録音されます。これはある意味で仕方ないことなのかも知れませんが、この演奏を聴いたらば「全曲演奏してみたい」、あるいは「モルダウ以外の曲も弾いてみたい」と思われる方もたくさん出てくることでしょう。 もちろん「モルダウ」は名曲ですし、Duo Crommelynckによる超名演もあるので、大勢の方に親しいことでしょう。このIgor Ardasev & Renata Ardasevovaの「モルダウ」も、Duo Crommelynckとは全く違ったアプローチとは言え、決してひけをとりません。ただこの録音は、「我が祖国」全体に渡って素晴らしく切れる演奏を展開しているのです。全体で70分を超える演奏ですが、通しで聴いても受け手をまったく飽きさせません。 演奏者の心理は分かりませんが、全曲を通して繰り返し聴いていると、管弦楽の原曲を意識せず、徹底して純粋な連弾曲として響かそうとしているようです。そう、この演奏を聴くだけで十分だ、と。そして管弦楽と連弾とはまったく別物で、それぞれが別の魅力を持っていることを、聴き手に迫って来るような演奏です。 そうした意味で、連弾による「我が祖国」全曲を、大勢の方に再評価させる、とても素晴らしい録音と言えましょう。演奏者のArdasevは1968年生まれ、Ardasevovaは女性のためか生年の記載がありませんが(とても綺麗な若い方です)、「過去」にとらわれない瑞々しい演奏はとても素敵です。連弾という演奏形態の魅力を最大限に発揮していて。 さて、この曲の楽譜です。わたしたちのところには、多くの方から「楽譜が欲しいけど、どうすればいいか」というお問い合わせが来ています。過去にFR.A.Urbanekという旧チェコスロヴァキアの出版社から出ていたのですが、現在この出版社はなくなってしまいました。楽譜も絶版です。中古市場にもほとんど出ていなくて入手は極めて困難です。ただ、希望が持てるのは、このCDに「K.J.Barvitiusという出版社からの楽譜を使った」という記述があることです。ずいぶん調べたのですが、この出版社については何も分かりませんでした。 日本国内ですと、「モルダウ」を除く他の曲は、国立音楽大学の図書館にあります。各曲は別冊になっています。「モルダウ」に関しては、わたしたちのところに「楽譜が欲しい」という依頼が殺到していて、現状では対応しきれません。幸い著作権が切れているので、いずれPDF化してサイトにアップしようと思うのですが、元の楽譜を入手された方が相当の対価を支払い、苦労されてアムステルダムの中古市場から入手されていらっしゃるので躊躇しています。 なお、このCDは2004年8月2日時点で現役。オンラインですと「amazon.de」で入手可能。ずばり「これ」です。(2004年8月2日記) |
曲目 G.Faure: バイロイトの想い出(A.Messagerとの共作) 8つの小品 Op.84(作曲者自編の連弾版) マスクとベルガマスク Op.112(作曲者自編の連弾版) 交響的アレグロ Op.68 ドリー Op.56 演奏 Pierre-Alain Volondat & Patric De Hooge CD番号 非常にあっさり系のFaureです。かなり冷たい音色で、すっきり弾いているので、これは好き嫌いの激しい演奏と言えましょう。ほんのり系がお好きな方には、あまりお薦めではないかも知れません。演奏全体をみても「アベレージかな」というレベル。 ただ、特筆すべきは、ほとんど録音がない、「マスクとベルガマスク」の作曲者自身による連弾版、原曲はピヤノ独奏曲である「8つの小品 Op.84」の連弾版、それに「交響的アレグロ Op.68」が含まれている点でしょう。 「マスクとベルガマスク」。かなり生きの良い演奏です。普段管弦楽で聴いていると、弦や木管の柔らかさを感じますが、連弾で弾くとかなり硬いイメージになります。管弦楽とは全然印象が異なった曲に聞こえるのは、面白いかも知れません。この編曲、時折連弾の演奏会でも弾かれるようですが、耳にする機会は限られています。その意味で貴重な録音と言えましょう。 「8つの小品」ですが、この連弾版があるなんて、このCDを購入して初めて知った次第。今まで参照したどの文献にも出ていません。もちろん出版社のカタログなども詳細に調べたのですがないのです。このCDに収録されている中では、比較的穏和な演奏。ある意味、一般的なFaureらしいかも知れません。ただ曲は「ちょっと遊びで弾いてみるには楽しいかも知れないけれど、演奏会用には???」といった感じ。ソロの原曲をあまりよく知らないのできちんとしたことは申し上げられませんが、ソロを4手にした意義があまり感じられない編曲です。まあ、この演奏は聴いていて気持ちがいいですが。 管弦楽からの編曲ですが作品68の「交響的アレグロ」。元々は「管弦楽のための組曲 Op,20」の第一楽章だった曲です。これをL.Boellmannという人が連弾に編曲し、作品68としました。他人の編曲なのに、独立した作品番号を与えられるなんて、ちょっと変わっていて面白いですね。とってもロマンティックで、躍動感に満ちあふれた曲です。評者は、このCDで初めてこの曲を聴きましたが、「知らなくて損してた」と言えるような素敵な曲です。ただ、あまりFaureの香りは強くありませんが。この演奏も楽しめます。 A.Messagerとの合作「バイロイトの想い出」と名作「ドリー」の演奏に関しては、ちょっと違和感を感じました。まず「バイロイトの想い出」に関して言えば、重量感のあるところはいいのですが、この曲特有の軽快感が薄いようで、ちょっと馴染めませんでした。普段聴いているIvaldi & Leeの演奏の印象があまりに強いので、その影響かも知れません。 また「ドリー」は、あまりにさっぱりしすぎている感じ。確かに爽やかな演奏なのですが、ここまですっきり・あっさりやられると「?」と感じる方も多いのではないでしょうか。快速テンポでめりはりのついた演奏は、それなりに面白いのですが、Faure特有の柔らかさは微塵もありません。これには賛否両論があるでしょうね。 さて楽譜ですが、「マスクとベルガマスク」はDurandから、「バイロイトの想い出」はCostallatから、「ドリー」はあちこちから出ています。他の2曲に関しては散々調べたのですが不明でした。御存知の方がいらっしゃいましたら、どうぞご一報下さい。 CDは2004年7月26日時点で現役。オンラインですと「amazon.com」で入手できます。ずばり「これ」です。(2004年7月26日記) |
曲目 S.Prokofiev: 「シンデレラ」組曲(2台ピヤノのための:M.Pletnev編曲) M.Rave: マ・メール・ロア 演奏 Martha Argerich & Mikhail Pletnev CD番号 Univresal UCCG-1191(国内盤) Argerichさまの新譜が出ました。今回はPletnevと組んでのProkofievとRavel。ピヤノ・デュオの楽しみが堪能できる上に、とても爽やかな1枚です。 ArgerichさまとPletnevは、録音では初顔合わせ。といっても2002年のルガノ音楽祭で素晴らしい演奏を聴かせたと聞き及んでいたので、この新録音も大変に期待しておりました。何度も何度も繰り返し聴きましたが、その期待は裏切られることはありませんでした。実に鮮やかな演奏です。 ここで取り上げているProkofievの「シンデレラ」。Pletnevが原曲のバレエ音楽の中からいくつかのシーンを取りだして、組曲として纏めたものです。評者は不勉強で、原曲については詳しく存じ上げておりません。その反面、この編曲をストレートに「2台ピアノ曲」として捉えることができました。 この編曲、最初から2台ピアノ用であったかのように響く、素晴らしい編曲です。ピヤニスティックで本当に美しい。中でも曲の随所に出てくる「愛の主題」の絶妙な処理。各パートのピアニズムに見られるピアノ独特の輝き。さらに2台のピヤノによる対話。そして何より楽しい演奏。ArgerichさまとPletnevが、それは素敵なお喋りをしています。これほどの演奏を聴かされたら、「もう原曲を聴かなくてもいい」と思わせてしまうほどです。そう、原曲を知らなくても、たくさんたくさん楽しめます。 Pletnev、かつては管弦楽曲をピヤノ・ソロにして自分で演奏していましたが、ピヤノ・デュオ編曲の力量も相当のもの。これには驚きました。もし原曲を知っていたなら、それとは違った姿を感じることができていたのかも知れません。 この演奏を聴いたらば、「わたしも弾いてみたい」という方が大勢出ることでしょう。まだこの楽譜の出版は予定されていない模様ですが、出たら是非とも紹介したい、それは素敵な編曲です。 カップリングされている「マ・メール・ロア」。全体的に、冷静な演奏です。特に前半4曲は早めのテンポで、冷徹にさらりと纏めています。ただし、完璧なアンサンブル、そしてプリモとセコンダの絶妙の対話は何物にも代えられない、まさに連弾の神髄を突いています。 後半2曲。これはもう、大人の対話による魅力、そのものですね。柔らかな表現とは無縁ですが、ほのかな愉悦に満ちています。そして終曲の盛り上がりを構築する過程は、本当に感動的とも言えます。この演奏、「マ・メール・ロア」の中では最上級の演奏ではないでしょうか。 得難い録音を耳にすることができた…というのが、全体の感想です。これを聴くと、この2人によるライヴを、是非とも聴いてみたくなること請け合いです。 ちなみにこのCD、国内盤が先行発売ということで購入したのですが、例によって解説がちょっとお粗末でした。特に問題なのは、「シンデレラ」のデュオ編曲における原曲との対比や編曲上の特性について、ひとことも言及していない点です。これはいけませんね。 楽譜ですが、Prokofievについては未出版(それについても解説では言及していない)、RavelはDurandをはじめあちこちから出ているので省略します。 CDは出たばかりでもちろん現役。オンラインですと「amazon.co.jp」で購入できます。ずばり「これ」。是非とも多くの方に聴いて頂きたいCDです。(2004年7月19日記) |
曲目 M.Reger: オルガンのための組曲(J.S.バッハの手法による)
Op.16 6つの小品 Op.94 演奏 Yaara Tal & Andreas Groethuysen CD番号 Sony SK 93102 いま、世界でも最も「旬」の常設ピヤノ・デュオとも言える、Yaara Tal & Andreas Groethuysenによる最新録音。このデュオ、年に1枚というペースで、確実にCDをリリースしています。それがまた、毎回興味を惹く物ばかり。ただ、こうした録音をしていて商業ベースに乗るのか…と、こちらが心配してしまうくらいです。それ程に、一般のデュオが、まず録音しそうもない曲を、積極的に手掛けています。今回のアルバムもそうでした。 Regerの連弾曲。かつてこのデュオは「モーツアルトの主題による変奏曲とフーガ」を初めとする、Regerの連弾曲をまとめたCDを出しました(バックナンバー Vol.13参照)。これは大変に優れた演奏で、ただでさえ少ないRegerの連弾曲に関して、破壊的とも言える素晴らしいものでした。聴衆側としては、このデュオに「もっともっとRegerを録音してもらいたい」と思っていたところ、出てきたのがこのCDです。 曲は、よりによって超ヘビー級。まさか、こんな恐ろしいものを録音してくるとは思いもよりませんでした。その曲とは、「オルガンのための組曲(J.S.バッハの手法による)」。オルガン曲からの編曲物ではありますが、Regerの連弾曲として最大の規模を持つ、超難曲です。4楽章、約45分に渡って展開される、壮大な連弾曲。ある意味で、連弾における規模と表現の限界を突いた曲と言えましょう。演奏は困難を極め、わずかでも緊張感を失うと聴衆も飽きてしまう。まさに何から何まで巨大、そして大変高度な連弾演奏技術を要求される。そうした理由から、滅多に演奏されずに来た曲です。それをTal & Groethuysenが手掛けるとは! 何と恐ろしく、そしてエレガントなことをするのでしょう! Tal & Groethuysen、期待を裏切らず、この曲を実にスマート、かつダイナミックに弾いています。そして極度の集中力、そして目眩く表現力。この重厚長大を地でいくような大曲を、それは鮮やかにまとめています。彼ら独特の緊密なアンサンブルと抜群の連弾テクニックが、この曲をまるで大パノラマのように表現するのです。この構築力は、本当に素晴らしい。45分があっという間に感じられます。 Henle版の楽譜を参照しながら聴くと、その演奏効果は、より一層はっきりします。交錯する声部の見事な処理、迫り来る厚い音の壁、個々のフレーズの徹底した分析。このピヤニズム、並大抵のものではありません。この演奏には圧倒されてしまいます。 同時収録の「6つの小品」は、題名に反して重厚長大系の作品ですが、「オルガンのための組曲」を聴いた後では、これすら可愛い曲に聞こえます。「6つの小品」でもTal & Groethuysen、エンジン全開です。これほど素晴らしい演奏が、CDで聴けるとは予想もしませんでした。これもしっかりと地に足がついた演奏ですが、独特の「渋み」を極力排して、極めてピヤニスティックに弾いています。そう、これは新しいRegerの姿なのです。 この演奏を聴くと、まだまだ録音していないRegerの他の連弾曲を、是非とも彼らに弾いてもらいたいと考えるのは、評者だけではないでしょう。期待が膨らむ演奏です。 なお、このCD、解説をMax-Reger InstituteのSusanne Poppさんと仰る方が書いていらしゃるのですが、これが秀逸。作品に関して、大変に掘り下げて解説しています。これは素晴らしい! Reger好きの方も、そうでない方も、是非お読みいただきたい解説です。 さて、楽譜。2曲とも現役。「オルガンのための組曲」はHenleから、「6つの小品」はPetersから、それぞれ出ています。 CDも、もちろん現役。オンラインですと「amazon.de」で購入できます。ずばり「これ」です。(2004年7月5日記) |
CDタイトル: Variations and Fugues 曲目 M.Reger: モーツアルトの主題による変奏曲とフーガ Op.132a (2台) W.A.Mozart: 2台のピヤノのためのフーガ Kv.428 L.V.Beethoven: 大フーガ 変ロ長調 Op.134 (連弾) M.Reger: ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ Op.86(2台) 演奏 Andreas Grau & Getz Schumache CD番号 col legno WWE 1CD 20108 タイトルにあるように、変奏曲とフーガばかりを集めたCD。それもバリバリの独逸ものです。タイトルと作曲家名を見ると、一瞬「引いて」しまいそうなディスクですが、さにあらず。これは一気に引き込まれてしまうCDです。例によって対位法のオンパレードなのですが、これが実に面白く感じられます。 全体を通じて言うと、「骨太」の演奏です。しっかりした構築感とメリハリのついた音色。ただし表現は大変にモダンで、ある意味で明るく、独逸的深刻さはありません。あくまでもクリアに変奏曲とフーガを表現しようとしているのです。そう、骨太でしっかりしているのですが、とても爽やかで輝きのある演奏なのです。変奏曲やフーガって、こんなに楽しかったのか・・・って思わせる程に。この構築感、Andreas Grau & Getz Schumacherの二人、並大抵でないものを感じさせます。 まず、2つのReger。Regerと言ったら変奏曲だのフーガだのとは切り離せない作曲家です。それ故、ちょっと敬遠されがちなところもありますね。しかし、このCDは全然恐くありません。変奏曲、そしてフーガの面白さをズバリ聴かせます。この2つの変奏曲、特にMozartの主題による変奏曲とフーガでは、Mozartの主題がいかに変奏されるのか、その変奏手法をくっきり浮かび上がらせているのが秀逸。これは聴いていてワクワクしますよ。極めて複雑な対位法の中から、主題の変奏を、それは綺麗に浮かび上がらせるのです。それから、もっともっと良く聴くと、各声部の絡み合いを実に巧く表現しています。それに、各変奏ごとに上手に表情を変えている点が、聴き手を飽きさせません。 Mozart変奏曲+フーガでのフーガの表現。ひとつづつ声部が増えて行って、壮大なフーガに至る過程。まるで堅牢な建築物の建設過程を見ているかのようです。最後、フーガの主題と変奏曲の主題が重なるところ、この表現は実に見事。この曲の演奏で、これだけ感動的なのは、そうあるものではないでしょう。同じことがBeethovenの主題による変奏曲とフーガにも言えます。現在聴くことができる、この2曲の演奏として最良のものではないでしょうか。演奏のスケールも大きくて、素晴らしい! Mozartの「フーガ ハ短調」。下手な現代音楽顔負けの半音階進行。そこに現れる4声のフーガ。この4声のフーガを、実に巧妙かつくっきりと弾いています。これは面白い! 思わずワクワクしてしまう演奏です。この演奏を聴いていると、このフーガの構造が手に取るように分かります。このフーガを綺麗に聴かせるのは大変に難しいのですが、この演奏は、まるで楽譜が目の前に見えるかのように、鮮やかに弾いています。これは、お薦め。 Beethovenの「大フーガ」。これは御存知のようにBeethovenが弦楽四重奏曲第13番変ロ長調の終楽章として書いた「大フーガ」を、op.133として作曲者が分離独立させた上に、さらに作曲者自身が連弾用に編曲してOp.134としたものです。「音」に関して、評者はこのCDで初めて聴きましたが、大変にピヤニスティック。松永晴紀先生が「ピアノ・デュオ作品事典」の中で「響きそのものは決して一部で言われているほど“非ピヤニスティック”ではない」とご指摘されていらっしゃる通りです。それを如実に表したのが、この演奏。これを聴いて「もっともっと弾かれてもいいな」と思うのは、評者ばかりではないと思います。それ程に優れた演奏です。 「変奏曲」そして「フーガ」。ちょっと硬そうですが、そんなことは全然ありません。これらの作品にアプローチする上で、是非とも多くの方に聴いて頂きたい演奏です。 楽譜に関してです。幸い全て現役。Regerの「Mozart…」はPetersから、「Beethoven……はBote & Bockから出でいます。Mozartのフーガは、あちこちから出ているので省略。Beethovenの「大フーガ」はHenleから出ています。 このCDも本日時点で現役。「amazon.de」で入手できます。ずばり「これ」。(2004年6月21日記) |
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(c) Yumiko & Kazumi 2003