「交響曲を連弾で弾く」と言った場合に、絶対にお勧めの1曲です。この素晴らしく壮麗な作品を弾くとき、わたくしたちはいつも、最初から連弾曲だったのではないか、という感を受けます。もともと連弾曲で、それをオーケストレーションして「交響曲第6番」としたかのように。それほど、ピヤニスティックな魅力に溢れた作品です。
わたしたちの敬愛する連弾コンビ「デュオ・クロムランク」の故・Patrick Crommelynck氏によれば、スケッチとして連弾楽譜が書かれ、そしてオーケストレーションされたとのこと(Claves
CD 50-8805のメモより)。もちろん交響曲第6番の「下書き」として書かれた連弾譜ではあります。しかし、楽譜を見れば見るほど、そして弾けば弾くほど、大規模に展開される4楽章形式の連弾ソナタの感を強くせざるを得ないのです。
この「連弾交響曲」、あの有名な管弦楽版とは、まったく別物と捉えて演奏する方が、曲本来の魅力を引き出せるようです。「ここは第一ヴァイオリン、このあたりはビオラ、たしかこの声部はクラリネットだったな」などという「邪念」を排して、純粋な連弾曲として弾いた方が、演奏する側も聴く側も楽しめることでしょう。ピヤノで無理に弦や管の表現をするのは百害あって一利なしです。そんなことをしなくても、この曲はピアノ連弾曲として、本当に魅力的です。「最初から連弾曲だった」と割り切って弾くと、この曲の持つ「別の美しさ」を引き出すことができます。ちなみに、この曲の持つ「壮麗さ」を肌で感じたのは、「デュオ・クロムランク」の演奏をCDで聴いてから。そして自分で弾いてから。もちろん、管弦楽曲として聴いたときの魅力はありますが、それはピヤノで演奏した(された)ときのものとは、まったく別物なのです。
ピヤノ曲として見た場合、各パートごとには、弾きづらいところは、ほとんどありません。ただし、両奏者の手の接近と交差は頻繁にあります。他の交響曲の連弾版と同様に、ひとつの旋律の中での両奏者の受け渡し、といったことも実に頻繁に発生します。ペダリングにしても同様。演奏に際しては、奏者間での綿密な打ち合わせが必須です。わたくしたちは、この曲をレパートリーにすべく、少しずつ練習していますが、弾けば弾くほど悲愴感に襲われます(受け狙いのギャグではありません。実感です)。いつ、この曲の、連弾としての魅力を引き出せるような演奏ができるのか、と。
ちなみに、最初にこの連弾曲の魅力を教えてくれたデュオ・クロムランクが、あの悲劇的な最後を遂げた日、わたくし(夫・かずみ)は、彼らが演奏するこの曲のCDを、一晩中かけました。涙が後から後から溢れるのを拭いながら。そして、自分が死ぬ前に一度でいい、こんな素敵な演奏ができたら、と願いながら。
原曲の持つ空間的な広がりと躍動感、そして色彩感を引き継いだまま連弾曲に編曲した注目すべき作品です。あたかも最初から連弾曲として存在していたかのような、ピヤニスティックな魅力に溢れる編曲。素晴らしく演奏効果が上がります。演奏会のメイン・プログラムとして相応しい作品です。
作曲者自身が管弦楽曲をピヤノ・ソロあるいは連弾に編曲したケースはともかく、他人の管弦楽作品を元からピヤノ用であったかのように編曲する、という点では、完成度から見てバラキレフ作曲=グラズノフ編曲の「交響詩・タマーラ」と並ぶ、希有の成功例と言えましょう。ただ、グラズノフの編曲を見ると「バラキレフが書いたら、恐らくこんなふうに書いただろう」と、原曲作曲者のピヤノ書法を模擬していることに対し、ラフマニノフの編曲は「自分だったら、こう書く」と、管弦楽作品をピヤノ連弾としてほぼ完全に再構築している点が異なります。いわゆるトランスクリプションの要素は弱いのですが、あくまでも「ピヤノ曲」として書かれているのです。両方のパートを弾いてみましたが、非常に無理のない自然な「ピヤノ曲」として仕上がっています。
では、どのあたりにラフマニノフ的処理が現れているかを文字で具体的に指摘するのは難しい。しかしながら、ラフマニノフが自身で編曲した「幻想曲 作品7」と、この「美女」の譜面を見れば、その音像処理が極めて酷似していることが明らかです。ただし、それはあくまでもピヤノ書法についてであり、和声に関しては完全にチャイコフスキの原曲そのままです。
各パートとも、ラフマニノフで言えば「前奏曲 作品3-2(鐘)」が弾けるだけのテクニックが必要です。加えて、交差や接近が頻発するために、連弾テクニックも要求されます。逆に見ると、連弾の練習にはもってこいの作品と言うこともできましょう。両奏者の間には、緊密な連携が要求されます。例えば原曲のハープのカデンツアをプリモとセコンダで「弾き渡し」たり。
ただし、ペダリングが極めて厄介。セコンダが左手オクターヴでスタカートのパッセージを弾くところでプリモがレガートで旋律を弾いたり、逆にプリモがノンペダルで装飾音を弾くべきところでセコンダはペダルをかけて右手で旋律を弾く方が望ましい、といった「難所」が随所に出てきます。交差・接近と合わせて、入念なペダリングの検討が必須になります。そうした細かい技法上の問題を考慮すると、2台ピヤノで弾いた方が便利でかつ効果的ではないか、という見方もあります。現に、Katia
& Marielle Labeque氏や永井幸枝氏+Dag Achats氏の演奏は、2台のピヤノで演奏・録音がなされております。この2つの録音ともに、実に立派な出来で一聴に値します。ただし鍵盤上の書法だけから見ると、ストラヴィンスキーの「れんだん・ペトルーシュカ」や「れんだん・春の祭典」と違って、1台でも十分演奏が可能なように書かれております。
なお、文献やCD、インターネット(Webページ)の解説によっては「2台ピヤノ用」(for
2 pianos)と書かれているケースも見受けられますが、これは明らかに誤り。連弾用(for
4 hands, a piano)が正しい表記です。楽譜を見れば、一目瞭然です。
腕に自信のある方、一度は試してみても良い曲ではないでしょうか。そして、デュオ活動をされていらっしゃる方、レパートリーの開発用に、手がけて損はない曲です。
ロシア民謡を素材とした連弾オリジナル曲です。同じ傾向の作品としてM.Balakirevの「30
Russian Folk Songs」がありますが、そちらに比べるとTschaikovskyのこの作品、民謡をかなり生に近い形で使用して連弾作品としています。いわゆるトランスクリプションの類ではありません。「旋律+伴奏あるいは装飾」といった、極めて単純な構造の曲たちです。
各曲ともに演奏時間は短く、ほとんどの曲が30秒程度か、それ以下。要求されている技術レベルは、ソナチネ修了程度。書法自体は洗練されていて弾きやすく、どれも可愛いくて、すてきでお洒落な小品です。ただし、1番から50番まで、コンサートのステージで連続演奏するのは、少し無理があります。よほどの演奏でない限り、聴衆は飽きてしまいますよ。もし、ステージで演奏するなら、何曲か取捨選択するなり、アンコールに使うなり、工夫が必要でしょう。また、各曲の演奏前に、歌詞の朗読を付けても楽しいかも知れません。日本で演奏するなら日本語で、英語圏なら英語で、と言った具合に。
なお、ここに収録してある民謡、Tschaikovsky自身をはじめとして、ロシアの作曲家がそれぞれの作品中に取り入れているケースがかなりあります。この曲集を初めて弾いた/聴いた方でも「あれ、この旋律、知ってるよ」という例が、きっとあるでしょう。わたしたちが参照しているInternational版には、当該の民謡が、誰のどの曲に使用されたがが簡単に記載してあります。また第49曲「Song
of the Volga Boatman(ボルガの舟歌)」は、旋律自体が日本でも有名ですね。「エイコ〜ラぁ、エイコ〜ラぁ・・・」という、あの曲です。それを下記の表1にまとめておきました。
なおこの曲のCDには、あの「Duo
Crommelynck(Claves CD 50-8805:交響曲第6番“悲愴”=連弾版=と併録)」の、それは素敵な演奏があります。これは一聴の価値あり!
ちなみにこの曲、曲の番号が版によって入れ替わっております。手元にはInternational版しかないのですが、参考までに「Duo
Crommelynck」の演奏順序との対比を表2にまとめました。
曲番 | 曲名 | 使用作曲者 | 採用作品 |
2 | Regrets | P.I.Tschaikovsky | "Russian Song" from "Album for Young" op.39 |
8 | A Swinging Paine-Tree | I.Stravinsky | The Firebird (Finale) |
10 | The gate | P.I.Tschaikovsky | 1812 Overture |
21 | After the Peast | I.Stravinsky | Petrouchka |
24 | A little duckling swimming in the sea | P.I.Tschaikovsky | Chorus of the Young Maiden from the opera "Oprichnik" |
25 | My Braids | P.I.Tschaikovsky | Natalie's song from the opera "Oprichnik" |
27 | Country Place | N.Rimsky-Korsakov | Operas "NIght in May" & "Snow Maiden" |
29 | On the green meadows | P.I.Tschaikovsky | Serenade for Strings op.48 |
43 | Under the apple tree | P.I.Tschaikovsky | Serenade for Strings op.48 |
48 | Vanya | P.I.Tschaikovsky | String Quartet op.11 |
I | C | I | C | I | C | I | C | I | C | ||||
1 | 1 | 11 | 9 | 21 | 19 | 31 | 30 | 41 | 40 | ||||
2 | 2 | 12 | 11 | 22 | 21 | 32 | 31 | 42 | 41 | ||||
3 | 3 | 13 | 12 | 23 | 22 | 33 | 32 | 43 | 42 | ||||
4 | 4 | 14 | 13 | 24 | 23 | 34 | 33 | 44 | 43 | ||||
5 | 5 | 15 | 14 | 25 | 24 | 35 | 34 | 45 | 44 | ||||
6 | 6 | 16 | 15 | 26 | 25 | 36 | 35 | 46 | 45 | ||||
7 | 7 | 17 | 16 | 27 | 26 | 37 | 36 | 47 | 46 | ||||
8 | 8 | 18 | 17 | 28 | 27 | 38 | 37 | 48 | 47 | ||||
9 | 10 | 19 | 18 | 29 | 28 | 39 | 38 | 49 | 49 | ||||
10 | 48 | 20 | 20 | 30 | 29 | 40 | 39 | 50 | 50 |
1 | 小さな序曲 | Miniature Overture |
2 | 行進曲 | March |
3 | 金平糖の踊り | Dance of the Candy Fairy |
4 | ロシヤの踊り(トレパーク) | Russian Dance (Trepak) |
5 | アラビヤの踊り | Arab Dance |
6 | 中国の踊り | Chinese Dance |
7 | 葦笛の踊り | Dance of the Reed-Flutes |
8 | 花のワルツ | Waltz of the Flowers |