ボロディンの作品 
Alexander Borodin
(1833〜1887)


 最近はあまり聞かなく(言わなく)なった「ロシヤ5人組」の1人です。そうでしょうね。教科書や辞書によってメンバー(5人目)がみんな違っていたのですもの。ボニージャックスやダークダックス、デュークエイセスみたいに4人、いや、5人で一緒に活動していた訳でもありませんし。
 その昔、わたくしの母の同級生が、音楽の筆記試験で「ロシヤ5人組」と回答すべきところで「ロシヤ5人男」と書いて大目玉を食らったそうです。「白波誤認男」、もとい「白波五人男」じゃ、ないんですってば。でも、似たようなものかしら??




☆ 交響的絵画・中央アジアの草原にて ☆
In the stepps of Central Asia
作曲年代:1880
演奏形態:れんだん
原曲:管弦楽曲
編曲者:豊岡正幸
参照楽譜:音楽之友社
「連弾で遊ぼう」に収録
参考CD:ありません。ご自分で弾きましょう

 この作曲者の作品中、「Polovtsian Dance(from Prince Igor)」と並んで、もっとも有名な1曲であることは疑いようもありません−−個人的には交響曲第2番や同第3番を非常に好んで聴くのですが。管弦楽の響きがあまりに素敵であり、完成度が高いため、管弦楽以外での演奏はちょっと考えられません。ところがこの編曲、実にピヤノスティックな味わいを出し、なおかつ原曲の持つ魅力を損なっていない点が実に素晴らしい。コンサートに持ち出しても、十分に弾く/聴く/見るに耐えられる編曲です。

 どちらのパートを弾いていても、実に“気持ちがいい”のですね。本当に乾いた草原を彷徨っているような気分になって。双方が旋律を受け持つ機会が用意されています。そして、プリモの左手とセコンダの右手がユニゾンで旋律を奏でるシーンが。あたかも2人で、湿り気のない風に吹かれながらどこまでも続く緑の草原を、馬の背に揺られて行くような。そんな素敵な気分になります。

 ただ、編曲者の豊岡正幸氏は編曲作業を進める上で相当に苦心したようです。「原曲の持つ音は、どれも絶対的な存在であり、88の鍵盤上に“弾きやすいように”再配置すればよいというわけには行かない」(楽譜の巻頭言から)と。鍵盤と五線紙に向かい、時には(あるいは何時も)アルコールの力も借りて、この世とあの世を移ろいながら確定した結果が、この編曲です。

 指の動きを可能な限り単純化する。ただし、和声はそのまま、かつ、原曲の“動き”を完全に鍵盤上で再現する。しかもピヤノが“叩けば”あとは音が減衰する打楽器であることを考慮する。そしてピヤノでなければ表現し得ないような響きを出す。決して管弦楽の“代用”であってはならない。もちろん、ピヤノ曲として無理ない運指を要求する−−レーガー編曲のバッハなどは論外ですが−−それらの、時として相反する条件をすべてクリアした、素晴らしい編曲に仕上がっております。弾いていて、あらゆる意味で、無理がありません。

 編曲者は「プリモとセコンダがかなり接近する結果となってしまった」(同)とおっしゃっていますが、それほどでもありません。一般に連弾曲で「接近」するという場合と比べると、実に弾きやすいものがあります。交差はもとより、相手の手をひっぱたいてしまうような箇所は、ひとつもありません

 演奏上の問題は、どのようにして旋律をきれいにに浮かび上がらせるのか、でしょう。そしてポリフォニックな魅力をいかに引き出すか、そしてダイナミズムをうまく出すか、が演奏の課題となります。なおこの楽譜には、精密なペダリングの指示があります。これを守れば、まず音は濁りません。

 1カ所だけ、楽譜にミスプリントがあります。31小節目。セコンダの右手、ト音記号が記載されていますが、ヘ音記号の誤りです。

 実はこの曲、作曲者のBorodin自身による連弾編曲があります。出版は1882年、出版社はBelyayev。残念ながらその楽譜は現在(98年4月)、絶版です。どこを探してもありません。作曲者がどのようにこの曲を連弾にしたか・・・興味は尽きません。





☆ だったん人の踊り ☆
Polovtsian dance and chorus
作曲年代:1890
演奏形態:2台ピヤノ/れんだん
原曲:管弦楽曲、混声合唱、バリトン・ソロ
編曲者:Ann Pope(2台)/Duo T&M(豊岡正幸・智子:連弾)
参照楽譜:Belwin(2台)/未出版自筆譜(連弾:出版予定)
参考CD:存在するらしいけれど未聴(2台)/Live Notes WWCC-7255

 遺作となったオペラ「イーゴリ公」(Prince Igor:1890)の中で、主人公・イーゴリ公を捕らえたダッタン人の王・コンチャック汗が、ダッタン人側勢力の強さを見せつけようと配下の者たちに舞踊を命じる有名な場面の音楽です。原曲は2管編成の管弦楽に、混声8部合唱、バリトン・ソロで構成するシーン。圧倒的な迫力を持つ、このオペラの白眉です。余談ですが、それほど大きくないホール(収容人員2000弱)の、割と狭い舞台で、管弦楽の背後でこれを歌うのは、恐ろしいものがあります。あっという間に咽せて、脳貧血を起こします。コーラスで参加されようとする方、注意が必要です。夫・かずみは、かつてこの曲のリハーサルで、ぶっ倒れてしまいました。体力に自信のない方は、止めましょう。高齢者の方も、危険です。

 閑話休題。わたくしたちの手元に、この叙情と勇壮さが交錯する名曲のピヤノ譜が2種類あります。1つは既出版の2台版。もう1つは出版を前にした連弾版です。総じて評すれば、2台版は管弦楽のパートのみを極めて“綺麗に”2台ピヤノに振り分けた編曲。連弾版は、管弦楽に加えて声楽の動きも完全に取り込んで、なおかつピヤニスティックな表現を徹底的に追及した編曲です。

 Ann Popeによる2台ピヤノ版は、綺麗な編曲ではありますが、後述する連弾版を弾いた/聴いた後では、色あせてしまいます。折角2台のピヤノを使うのなら、もっと編曲上の工夫ができたのに、と欲求不満が残るのです。

 確かに、最初の「Danse des jeunes filles aux mouvements ondulants」で、16小節を付加して若干のトランスクリプションを試みています。その代わり、以降で総計102小節を削除し冗長性を排除しようとしています(削除の理由は推定。そうとしか判断できない)。

 それにしては、声楽のみならず管弦楽の動きも一部省略して、単に2台のピヤノに音を振り分けているだけとは、何とも芸がありません。しかも手元にある、出所不明のヴォーカル・スコアに記載されたピヤノパートとほとんど変わらない、あるいはヴォーカル・スコアのピヤノの方が、はるかにピヤニスティックに響く箇所がある、といった始末。これは、ちょっと酷いですね。ある程度弾ける人−−ソナタ・アルバム修了程度−−でしたら、弾きこなせるレベルの編曲ですが、2台のピヤノを使った魅力を出し切っておりません。「優・良・可・不可」で編曲の成績を付けるなら、せいぜい「可」。

 さて、もう一方の連弾版。編曲者は「Duo T&M」。彼らの編曲は、原曲における管弦楽と声楽の動きを一切省いていません。さらにピアニスティックな表現を盛り込み、1つの鍵盤向けに、この壮麗な曲を完全に再構築しています。非常に優れた編曲です。−−編曲者が友人だから、誉めているわけではありません。友人だろうが仲間だろうが、駄目なときはバッサリ切ります−−。

 欠点といえば「難しすぎる」こと。演奏者個々の技量に加えて合奏能力と、手の交差/接近処理、非常に難易度の高いペダリングなど、あらゆる意味で相当に高度な連弾処理が要求される点です。しかもこの編曲には複数箇所に「演奏困難/不可能に近い」箇所があります。当該箇所に関して、編曲者は「エヘ、エヘヘェ」と、笑って誤魔化しております。出版時には、こうした箇所を改訂する計画、と聞いておりがますが、どうなることやら。既に出版済みのCDで演奏を聴いて頂けたら、この編曲の素晴らしさに納得が行くことでしょう。