くちびるに、歌をもて
「澱みに浮かぶ 旋律は」 縁起


 数年前のことです。わたくしは、大勢の楽士さんたちと、馬鹿話をしておりました。プロ/アマチュア取り混ぜた、楽士さんたちです。アルコールを傍らに置いてのお喋りだったことは言うまでもありません。

 すると、ひとりの楽士さんが言いました。管弦楽団でホルンを吹いていらっしゃる方です。「管弦楽団では、古今東西の名曲に、面白い歌詞を付けて歌う“ならわし”が、あるんだよ」。馬鹿馬鹿しい歌詞を、勝手につけて歌うのだそうです。

 「お馬鹿」なことに、人一倍興味のある、わたくしです。当然の如く聞きました。「どんな例があるの?」。すると彼は歌い出したのです。曲はA.Brucknerの名曲、交響曲第4番第1楽章。その冒頭の第1主題です。あの、風のさざめきにのって、遠くから角笛の聞こえてくるようなシーン。Brucknerの交響曲で、第7番の冒頭と並んで、非常に有名な一節ですね。弦によるトレモロの上に、ホルンの主題。そのホルンの主題を、彼は、このように歌い出しました。


 そいつを聴いて、大爆笑の不肖・かずみ! 何と楽しいことでは、ありませんか! 清涼感漂うBrucknerの交響曲が、一気に地へ堕ちます。彼によれば、こうした例は、それこそたくさんあるのだそうです。次から次へと、紹介してくれます。大満足でおなかを抱えて笑い続けた、わたくしです。

 そしてホルン吹きは、わたくしに聞きました。「ところで、ピヤノの世界では、こうした“唄”はあるの?」。残念ながら、寡聞にしてそのようなことは聞きません。しかし、わたくしには、「別の心当たり」がありました。「特に歌詞をあえて付ける、というのは知らないけれど、歌詞が勝手に頭の中で聞こえてしまう、という例はありますよ」。そう、特に「歌詞を付けよう」とするのではなく、旋律を聴くと「そうした歌詞が、自然に付いて聞こえてしまう」というケースです。その場でわたくしは、それらの「唄」を披露しました。管弦楽の皆さんは、大爆笑で大喜び!

 こちらで紹介するのは、それら「唄」の一端です。あえて歌詞を付けなくても、旋律を聴いて「そのように」聞こえてしまった曲たちです。こうした事象に対して別の見方をすれば、平凡な日本人が“洋楽”を聴いて、それをどのように受け止めたかを具現化した、ひとつの姿とも言うことができます。そう、あえて歌詞を付けなかった、という点が、非常に重要なのです。

 さて、どんな曲と歌詞の取り合わせが出るのか。・・・もっとも、こんなことを考える自体、相当に「お馬鹿」ですね。


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