プログラム・ノート
−− Gropu Two in One オープニング・ガラ・コンサート −−

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19世紀の傑作群から
 −−ドヴォルザーク、そしてグリーグ

 19世紀中盤以降、作曲家たちは、現在我々が手にするものとほぼ同じ機構/鍵盤数のピアノを念頭に、作曲を進めた。独奏曲はもとより連弾曲も、ダイナミクスの活用法や音域などの面において、明らかに現代ピアノの能力をフルに活用する作品群が生み出されている。使用するピアノの構造だけではない。連弾曲は19世紀初頭まで、片方が主でもう片方が従、という構造が主流だった。例えばプリモが旋律を、セコンダがアルベルティ・バスを、あるいはセコンダが旋律を、プリモがコロラテューラ風の装飾音を弾く、といった具合に。こうした楽曲構造が崩れ出すのがシューベルト以降。プリモとセコンダは、徐々に対等な位置づけとなり、より緊密性を増していく。こうした中で優れた連弾曲を世に送り出したのが、シャルル・アルカン(Charles V. Alkan:1813〜1888)、ヨハネス・ブラームス(Jhohannes Brahms:1833〜1897)、アントニン・ドヴォルザーク(Antonin Dvorak:1841〜1904)、エドヴァルト・グリーグ(Edvard H. Grieg:1843〜1907)、ガブリエル・フォーレ(Gabriel Faure:1845〜1921)といった人たちだ。あのフランツ・リスト(Franz Liszt:1811〜1886)が少数ながら極めて質の高い連弾曲を送出したのも、19世紀半ばを過ぎてからである。本日はこれら19世紀後半の傑作群から、朝枝と中山がドヴォルザークを、中西と南保がグリーグの小品を取り上げる。いずれも民族色の極めて強い作品だ。

 ドヴォルザークは、その生涯で多数の優れた連弾曲を書いた。我々にとって特に親しい連弾作品として、スラヴ舞曲集・第1集(作品46)および第2集(作品72)が挙げられよう。これら優れた連弾作品群の中に、やや地味ながら非常にピアノスティックな魅力を備えた作品「ボヘミアの森より 作品68」(Aus dem Bohmerwalde:1884年作曲)が存在する。プリモとセコンダの非常に緊密な連携が、独特の色彩感を醸し出す連弾の佳品である。全6曲で構成するが、本日は第1曲「糸つむぎ」(In den Spinnstuben:ニ長調、Allegro molto)、第5曲「森の静けさ」(Waldesruhe:変ニ長調、Lent e molto cantabile)、および第6曲「賑やかな時」(Aus sturmischen Zeiten:イ長調、Allegro con fuco)の3曲を演奏する。

 一方、グリーグも連弾オリジナルおよび管弦楽からの編曲ともども、質の高い連弾曲を残している。中でも連弾オリジナルとして代表的な作品が、ここで演奏する「ノルウエイ舞曲 作品35」(Norwegian dances:1881年作曲)である。表題を持たない4曲で構成。いずれも3部形式を基本とし、ダイナミズムと叙情とが交錯する。4曲の構成は次の通り。第1曲:ニ短調 Allegro moderato。第2曲:イ長調 Allegretto tranquillo e grazioso。第3曲:ト長調 Allegro moderate alla marcia。第4曲:ニ長調 Allegro molto。演奏時間は15〜16分。



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2台ピアノの“響き”−−コリリアーノ

 2台のピアノでなければ実現できない演奏効果を狙った作品が音楽史に登場するのは19世紀末以降。リストの「悲愴協奏曲」やブラームスの「2台のピアノのためのソナタ」に芽生えた「真の意味で2台ピアノを要求する作品」へのアプローチは、アントン・アレンスキー(Andon Arensky:1861〜1906)、セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei V. Rachmaninoff:1873〜1943)らの作品によって、音楽史における市民権を確立する。そしてその流れはドミトリ・ショスタコーヴチ(Dmitry Shcotakovich:1906〜1975)やオリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen:1908〜1992)たちに受け継がれる。

 20世紀後半になって、2台ピアノによる表現技法は、さらに発展する。2台のピアノがそれぞれ異なるテンポで同じ旋律を奏することで生じるモアレ効果を狙ったスティーヴ・ライヒ(Steve Reich:b.1936)の「ピアノ・フェイズ」(Piano phase:1967)。各奏者がまったく別の旋律を弾き、コラージュあるいはカオス状の音響を作り出すアロイス・ツィマーマン(Alois Zimmermann:1918〜1970)の「モノローグ」(Monologue:1964)。一方の奏者が音を出さずに鍵盤を押さえ、もう一方の奏者による打鍵で共鳴音を出すといったアンリ・デュティーユ(Henri Dutilleux:b.1916)の「響きの形」(Figures de resonances:1980)。その他、ピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez:b.1925)やジョルジュ・リゲティ(Gyorgy Ligeti:b.1923)といった第一線の作曲家たちが、多彩な効果を狙った2台ピアノ曲を世に送り出している。現代米国作曲界の巨人であるジョン・コリリアーノ(John Corigliano)も、2台のピアノによる独特の響きを持つ作品を送出したひとりだ。

 コリリアーノは1938年生まれ。出身はニューヨーク。1950年代から現在に至るまで、意欲的な作曲活動を続ける。特に近年では、フルート奏者ジェームス・ゴールウェイ(James Galway)のために書いた「ハメルンの笛ふき男の幻想」(Pied Piper Fantasy,Concerto for Flute:1982)、シカゴ交響楽団委嘱作品・交響曲第1番(Symphony No.1:1988〜89)、そしてメトロポリタン歌劇場の委嘱で執筆したオペラ「ヴェルサイユの幽霊」(The Ghosts of Versailles:1991)といった音楽史上に残る傑作を生み出している。このベルサイユの幽霊によって1991年、音楽界のノーベル賞とも言われる「Grawemeyer Award」を受賞するなど、多数の栄誉を受けている。その傍ら、ジュリアード音楽院などで教鞭をとる。

 今回、村藤と今井が演奏する「Chiaroscuro(=“明暗”の意)」(1997)は、コリリアーノにとって1959年の「万華鏡」(Kaleidoscope)以来、実に38年ぶりに作曲した、2曲目の2台ピアノ作品だ。第1ピアノは通常の調律、第2ピアノは4分の1音下げた調律を施す。両者による「ずれ」が微妙な陰影と独特の響きを醸し出す。(1)光(Light)、(2)影(Shadows),(3)ストロボ(Strobe)の3部で構成。連続して演奏する。第1ピアノのきらめくようなアルペジオで曲はスタート、叙情と激情が交錯する。第3曲ストロボの途中、104小節目で第2ピアノ奏者が第1ピアノに移動。二人並んでの連弾となる。そして139小節目で、今度は第1奏者が4分の1音低く調律した第2ピアノに移動、ふたたび4分の1音ずれた2重奏を始める。最後は熱狂的なトーン・クラスタが炸裂し曲を終える。楽譜は定量記法で記述。演奏時間は約10分。

 作品は1997年度マレイ・ドラノフ国際ピアノ・デュオ・コンクール最終審査用に作曲。しかしその完成度は、単なるコンクール審査用作品の範疇をはるかに超える。通常のコンサートや録音での演奏/鑑賞に十分耐えうる充実した作品となっている。楽譜は米G.Schimerから出版。




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色彩感の昇華−−ラヴェル

 モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel:1875〜1937)は、自身の管弦楽や室内楽作品の多くをピアノ連弾曲、あるいはピアノ2重奏曲へと編曲している。さらにルシアン・ガーバン(Lucien Garban)たちが、ラヴェルのピアノ書法を忠実に模倣して、色彩的な管弦楽曲を連弾曲に編曲した。その結果、ラヴェル最初の管弦楽曲である「シェエラザード−−夢幻劇の序曲」("Scheherazade" Overture de freerie:1898)から協奏曲を除く最後の管弦楽曲「ボレロ」(Bolero:1928)に至る主要作品の多くが、連弾および2重奏作品として存在する。これらの“編曲”に共通するのは、作品をピアノ曲として完全に再構築している点だ。編曲された曲たちの譜面(ふづら)を、オリジナルのピアノ曲であった作品−−例えば、「鏡」(Miroirs:1905)や「夜のギャスパール」(Gaspard de la Nuit:1908)−−と比較すると、その酷似性が一目瞭然である。そして編曲された曲たちは、あたかも最初からピアノ曲であったかのように鳴り響く。単に管弦楽スコアをピアノ譜に直した凡庸な“移し替え”とは、明らかに一線を画しているのである。本日、中畑と住友が演奏する「ラ・ヴァルス」(La vals:1920)、武田とゲーラによる「スペイン狂詩曲」(Rapsodie espagnole:1908)も、管弦楽曲を原曲としている。

 「ラ・ヴァルス」は、1919年から翌年にかけて、それまで“作りかけ”だった「交響詩・ウイーン」を全面改変、「舞踊詩」として世に送り出した管弦楽曲である。ピアノ2重奏版は管弦楽版とほぼ同時に作曲、1920年10月にウイーンで初演している。両パートとも、鍵盤上のほぼ全域を使用。2台を完全に対等な存在として扱い、この演奏形態でなければ表現が不可能な音響空間を作り出している。特に後半、第1が奏するフォルテシモの厚い和音(旋律)に対して、第2が右手を黒鍵、左手を白鍵に置いての高域グリッサンドを叩き付けるシーンは圧巻だ。なお「ラ・ヴァルス」にはL.ガーバンが編曲した1台4手用の版が存在する。

 「スペイン狂詩曲」は、1台4手または2台4手用の編曲。ところがこの作品、最近では2台で演奏することが殆ど。むしろ、もともと1台4手用連弾曲であることの方が知られていない。連弾で演奏されない理由は単純。両奏者間における手の交差や接近が非常に多く、演奏に支障をきたすためだ。例えば第1曲「夜への前奏曲」。冒頭でプリモが先行、4小節目からセコンダが入る。このセコンダの最初の音(右手)からプリモの左手の音域と完全に重なる、といった具合である。こうした箇所が全曲で多発するため、2台で演奏するケースが増えるのは自然の成り行きだろう。ただし今夜は、あえて原点に帰って1台4手で演奏する。曲は、(1)夜への前奏曲(Prelude a la nuit:Modere)、(2)マラゲーニャ(Malaguena:Assez Vif)、(3)ハバネラ(Habanera:En demi-teinte et d'un rythme las)、(4)祭りの日(Feria:Assez Vif)で構成する。なお「ハバネラ」はラヴェルのピアノ2台ピアノ用作品「耳で聞く風景」(Sites auriculaires:1897)の「ハバネラ」と同じ曲。ただし1台で弾くことができるように、両奏者の受け持つ音を、完全に再配分している。




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新たなる連弾の可能性を求めて
 −−T&M編・ボロディン、J.シュトラウス

 今夜登場する演奏者の1組であるDUO T&Mは、1990年代前半から「ふたりだけのオーケストラ」を旗印に、自身で管弦楽曲をピアノ連弾曲に編曲しての演奏活動を積極的に展開している。たとえば、ヤン・シベリウス(Jean Sibelius:1865〜1957)の「カレリア組曲 作品11」(Karellia Suite op.11)、マヌエル・デ・ファリャ(Manuel de Falla:1876〜1946)の「火祭りの踊り〜恋は魔術師から」(Danza ritual del fuego from El amor brujo)、グスタヴ・ホルスト(Gustav Holst:1874〜1934)「惑星 作品32」(The Planets op.32)などの管弦楽作品を、次々と連弾化し演奏会で取り上げている。
 彼らのアプローチは「管弦楽曲を連弾曲として完全に再構築する」ことだ。単に管弦楽スコアを連弾譜に置き換えることが目的ではない。常に「連弾でなければできない表現」を追求する。本日演奏するアレクサンダー・ボロディン(Alexander P. Borodin:1833〜1887)の「ダッタン人の踊り」((Polovetzer Tanze)とヨハン・シュトラウス II(Johann Strauss II:1825〜1899)「常動曲(無窮動) 作品257」(Perpetuum Mobile op.257)の編曲も、彼らが連弾演奏活動の一環として生み出した。

 ボロディン「ダッタン人の踊り」は、1台4手用編曲。オペラ「イーゴリ公」(Prince Igor:1890)の中で、主人公・イーゴリ公を捕らえたダッタン人の王・コンチャック汗が、ダッタン人側勢力の強さを見せつけようと配下の者たちに舞踊を命じる有名な場面の音楽を、そのまま連弾化した。原曲は2管編成の管弦楽に、混声8部合唱、バリトン・ソロで構成するシーン。この圧倒的な場面を、T&Mは20本の指を使った連弾曲として鍵盤上に展開する。彼らの編曲は、原曲における管弦楽と声楽の動きを一切省かず、さらにピアニスティックな表現を盛り込んでいる。結果、実に聴き応えのある曲に仕上がった。なお、現状ではT&M以外による連弾編曲を耳にすることはない。2台ピアノまで範疇を広げるとAnn Popeの編曲が存在する(米Belwin Mills刊)。ただしPope編曲、複数箇所で楽曲本体を相当にカットしている上、管弦楽および声楽の動きをかなり簡略化している。音の動きはT&M版の方がはるかに複雑でピアニスティック、そして曲としての魅力に溢れている。演奏者に要求している技術レベルは、T&M版が圧倒的に高度である。

 一方のJ.シュトラウス II「常動曲」は、2管による通常編成の管弦楽を2台8手のアンサンブルに編曲したもの。原曲はテンポの速い同じような音型を何度も繰り返す、ユーモアに富んだ作品。成立年代は1862年。編曲者の豊岡によれば「管弦楽に従い、音を2台8手に振り分けるオーソドックスな手法で編曲した。ただし、奏者、聴衆双方がピアノ・アンサンブルを堪能できるように、編曲上での工夫を施した」という。


(かずみ=連弾研究者・ジャーナリスト、ゆみこ=ピアノ講師)


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98年7月20日入校・印刷済

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Yumiko & Kazumi TANAKA 1998