其の七:ウイーン楽譜店襲撃の巻

連弾や2台ピヤノ曲の中には、オリジナル/編曲共に「面白い物」がたくさんあります。ところが往々にして「面白い物ほど絶版になりやすい」という過酷な運命があるのです。一般的に「絶版物」を入手するには、大学や公立資料館などで複写する、という手がありますね。それから出版社に依頼して、複写譜を作ってもらうという手段もあります。そしてもうひとつ、幸いにして海外に行ける場合、中古楽譜を扱っている楽譜店を“襲撃”することで、貴重な絶版譜を入手することもできるのです。この楽譜店襲撃こそ、一気に大量の絶版譜を入手する、それは効率的な手段なのです。



お店は「シュテファン大寺院の近くです
 99年11月の半ば、最高気温が4度というウイーンの街で、わたしたちは著名楽譜店「Doblinger」を襲撃すべく、ホテルを出陣いたしました。「秘密兵器」を懐にして。

 欧州の楽譜店のうち、多くはカウンターで作曲者名と曲名、出版社名を担当者に告げて出してきてもらうのが普通です。「特に欲しいものは決まってないけど、何か面白い物があったら拾いたい」というケースでは、こうした販売システムは、実に不便であります。Doblingerも例外ではありません。かつて友人の「ムームー・くぼ夫妻」がDoblingerを訪問したとき、古書部の厳めしい親父「曲名を言わないと、楽譜は出てこない」と言われ、残念にも撤退したことがありました。そこで、わたしたちは一計を案じたのです。それが「秘密兵器」

 さて、古書部へ行くと、厳めしい親父がカウンタの中に座っていました。妻・ゆみこは「新刊楽譜を見てくる」と、どこかへ消えてしまいました。そこで、夫・かずみ。「こにちは。わたし、ニホンから来た、ニホン人ね。こにちは。わたし、この楽譜、探してる。みんな、絶版。あるとしたら、ここにしかないのね。これ、探して下さると、嬉しいね」と、懐から出したのが「秘密兵器」。そう、
絶版楽譜が60冊ほどリストアップしてあるのです。

 そのリストを渡された後、厳めしかった親父の顔に困惑の色が浮かんだのを、夫・かずみは見逃しませんでした。ややあって、親父はニコニコしながら、言ったのです。
「あなたの探している楽譜は、この棚のこの辺から、この棚のこの辺、それとこの棚のこの辺からこの辺までにあるよ。自由に探していいよ」

 
おお! 作戦成功!秘密兵器を前に、厳格親父は撤退を余儀なくされたのでありました。

 しかし、それからが大変です。10〜20冊の「山」が20以上。そこで、わたしは親父に言いました。「マネジャさん。椅子を貸してくれると嬉しいな。机もあると、もっと嬉しいな」。すると親父はとても親切で、自分の椅子と机を夫・かずみに貸してくれました。そこで選別が始まりました。「いるもの」と「いらないもの」に分けるのです。

 実はこの「椅子と机を借りて、いるものといらないものを選別する」という作戦、98年6月パリ出張の際に寄った楽譜店「Arioso」(パリ音楽院のすぐ近くです)でも実施済み。丁寧に頼むと、椅子と机を貸してくれるところはあるようです。

 さて、棚から運んでは選別し、選別を終えたらいらないのを元に戻し・・・というのを繰り返しているうちに、妻・ゆみこがやってきました。ここからは、妻が楽譜を差し出し夫が選別する、という流れ作業に。そして最後は
親父が棚から楽譜の山を運んで来て、それを妻が夫に差し出し、夫が選別、いらない楽譜を集めて親父が元の棚に戻す・・・という完全な流れ作業のルーチンができました。最初は厳めしい顔をしていた親父ですが、意外に親切だったのです。

 さて、全部を見終わったら、21冊の「ピヤノ・デュオ譜」(“外道”を含めると22冊)が、カウンタに積み上がりました。一部には「現役(絶版でない)」楽譜もありますが、状態がよかったので「購入品」として選別しました。それが約20kgの重さです。「こんなにたくさん、どうやって持ってかえるのよっ!」と妻・ゆみこ。そりゃ、妻の言い分も、もっともです。夫・かずみも思案顔。そこで親父が助け船。「船便で良ければ、店からニホンに送ってあげるよ」。しかも、送料を負担してくれる、というのです。・・・と言うわけで、目出度し、目出度し。
精算が終わって、夫・かずみは楽譜運搬に協力してくれた上に送料まで負担してくれると申し出てくれた親父に、がっちり握手して何度も感謝したことは、言うまでもありません。

 その楽譜が、本日(2000年1月9日)到着いたしました。「海外で中古の楽譜を漁ると、こんなのが捕れるよ」というご参考までに、捕獲物を下記のリストにまとめました。ちなみに
「お値段」は、全部で2万円ちょっと。ウソじゃないよ、ホントだよ。

 最後に笑い話。最初に親父に見せたリストに記載した楽譜、
ただの1冊もありませんでした

作曲者 作品名 演奏形態 原典 編曲者 出版社
ベートーヴェン、ルートヴィヒ・ファン 弦楽3重奏曲  連弾 Vn,Va,,Vc. Hugo Ulrich Peters
ブルックナ、アントン 交響曲第1番〜第3番 連弾 管弦楽曲 Otto Singer Peters
ブルックナ、アントン 交響曲第4番〜第6番 連弾 管弦楽曲 Otto Singer Peters
フランク、セザール 交響詩「アイオロスの人々」 連弾 管弦楽曲 作曲者 Henry Litolff
グラズノフ、アレクサンドル 交響曲第3番ニ長調作品33 連弾 管弦楽曲 作曲者 Belaieff
カリンニコフ、バシリ 交響曲第1番ト短調 連弾 管弦楽曲 作曲者 Forberg
リスト、フランツ 交響詩「山上にて聞きしこと」 連弾 管弦楽曲 破損のため判読不能 Breitkopf
リスト、フランツ 交響詩「マゼッパ」 2台4手 管弦楽曲 Otto Singer Peters
ラヴェル、モーリス 弦楽四重奏曲 2台4手 弦楽四重奏 Lucien Garban Drand
レーガー、マックス ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ 作品86 2台4手 オリジナル ----- Bote & Bock
レーガー、マックス ヒラーの主題による変奏曲とフーガ 作品100 連弾 管弦楽曲 Otto Singer Bote & Bock
レーガー、マックス ある悲劇への交響的プロローグ 作品108 連弾 管弦楽曲 作曲者 Peters
レーガー、マックス モーツアルトの主題による変奏曲とフーガ 作品132 連弾 管弦楽曲 作曲者 Simrock
シュミット、フランツ 交響曲第2番変ホ長調 連弾 管弦楽曲 Alexander Wunderer Universal
シューベルト、フランツ 交響曲第8番ロ短調「未完成」 連弾 管弦楽曲 Jan Brandits-Buys Universal
シューマン、ロベルト ピヤノ5重奏曲 変ホ長調 作品44 連弾 ピヤノ5重奏 Josef Ernry Universal
スメタナ、ベドルジハ 弦楽四重奏曲 ホ短調「我が生涯」 連弾 弦楽四重奏 August Horn Peters
シュトラウス、リヒャルト 交響詩「死と変容」 作品24 連弾 管弦楽曲 Otto Singer Peters
トマ、アンブロイセ 歌劇「ミニヨン」序曲 連弾 管弦楽曲 不詳 Litoloff
ワーグナー、リヒャルト トリスタンとイゾルデから叙情的小品 連弾 楽劇 Hans Sitt Breitkopf
ワーグナー、リヒャルト 楽劇「ワルキューレ」全曲 連弾 楽劇 Alb. Heintz Schott




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