其の五:「2台8手」と「ロンドンデリー」の想い出
先日、わたくしたちのWebサイトをご覧になった方から、こんなメールを頂きました。
「2台8手用の作品をご存じありませんか?」
この文面を見た瞬間、わたくし(夫・かずみ)の脳裏に、ある演奏会の光景が蘇り、そして頭の奥で「ロンドンデリー」(County
Derry)の旋律が鳴り出したのです。
・・・「ロンドンデリー」には、数多くの演奏形態がありますが、そのうち3つの「編曲」が、わたくしの頭から離れません。まず、Percy A. Graingerによるピヤノ独奏用の名編曲。冒頭、内声部から立ち上がる旋律は、徐々に音域を広げ、壮大なクライマックスを築きます。この推移を聴くと、不思議な感動に襲われます。この編曲に関しては、夏井さん主宰「体育会系ピアニズムの世界」で、詳しく紹介されております。なお、楽譜はSchott's
& Sohenから出ており現役。同社刊「Grainger
Solo Piano Album Vol.1」(出版番号:ED 12575)に収録されております。
2つ目は、A.Schoenbergの高弟であるRene Leibowitz(1913〜72)による管弦楽版。最初期のA.Webern作品(例えば「夏風の中で--大管弦楽のための牧歌」[Im
Sommerwind -- Idyll fur grosses orchester,1904]や「パッサカリヤ
Op.1」[Passacaglia,1908])そっくりの分厚い和音の序奏。そしてその中から、あの有名な旋律が現れます。あたかも陽炎の中から佳人が幻の如く現れるかのように。
以前は、Leibowitz自身の指揮によるLPがありましたが、現在はカタログに見当たりません。楽譜(総譜)も未見です。というより、探したことがない。出ているとすれば、BomartかUniversalからでしょう。わたくし、連弾曲以外のことになると、しゃかりきになって「調査」する姿勢がないようです。一応、「Grove
Dictionary」のLeibowitzに関する項目は読んでみましたが、当編曲に関する記述は皆無でした。
さて3つ目。実は、これが2台8手の演奏だったのです。あるコンサートでのアンコール。その日の出演者4人が舞台に登場、2台のピヤノに2人づつ陣取っての即興演奏(もちろんリハーサルはしたのでしょうけれど)。もう15年以上前、東京都千代田区の「都市センターホール」で行われたコンサートです。題して「田中瑤子の1・2・3:1人のピアニスト、2台のピアノ、3人の作曲家」。
先日亡くなられた田中瑤子先生が、2台ピヤノ用デュオの新作を3人の作曲家に依頼し、それら新作だけでコンサートを構成する、という画期的な催しでした。−−−残念なことに、その日のプログラムがどうしても見つかりません。そのため、開催日時や曲目の詳細が判別しません。「蓄積魔」であるわたくしなので、何処かにはあると推測できるのですが、どうしても出てこない。あくまで「蓄積魔」であって「整理魔」でないのが、いけないのかも知れませんね−−−。このとき作品を依頼されたのが、三善晃氏、新実徳英氏、林光氏。演奏は田中先生が常に第1ピヤノ、そして作曲者ご本人が第2ピヤノを受け持つ、という現代音楽の演奏会として豪華きわまりない企画でした。いずれの曲も、非常に充実した作品で、演奏そのものも心から楽しむことができたのは、言うまでもありません。
すべてのプログラムが終了した後、田中先生と3人の作曲家は、熱狂的な拍手に応え、何度も舞台に現れました。そして、その拍手と歓声を収めて始めたのです。あの、奇跡的な8手連弾を。4人の「ピヤニスト」が、2人づつ1台のピヤノの前に座って。
まず、田中先生が「ごく普通」に「ロンドンデリー」を演奏しました。そこから先、2重奏になったり、3重奏になったり、4重奏になったり---それぞれ、ご自分の「持ち味」を活かしながらの即興演奏。林光氏だったでしょうか、突然、ショパンの「夜想曲」を弾き出したりして。
会場は、その演奏中、爆笑と拍手に包まれました。会場全体に暖かい空気が充満していた--そんな一瞬でした。演奏者側の表情も、忘れることはできません。田中先生、そして3人の作曲家が見せた、本当に楽しそうな笑顔・・・。最後は田中先生の「取りまとめ」で、「豪華な響きのロンドンデリー」で幕を閉じました。最後の音が消え、田中先生の指が完全に止まった後は、「ブラヴォ!」と「ヒュゥゥっ!」(指笛)が飛び交い、熱狂の坩堝と化した会場でした。終演後、楽屋へご挨拶に伺ったのですが、田中先生も3人の作曲家も、それは楽しそうな表情でした。
数日後の「朝日新聞」に、どなたかが演奏会評をお書きになっていらっしゃいました。「・・・現代音楽の演奏会で、これほど楽しめ、聴衆が熱狂したのは、希有の例である」と。わたくしは、この「2台8手」の「ロンドンデリー」を、終生忘れることはできないでしょう。
閑話休題
1台4手や2台4手ほどではありませんが、2台8手の作品もいくつかあります。まず、2台8手の為のオリジナル作品として有名なのが、B.Smetanaの「Rondo
in C major」ですね。これは華麗で楽しい作品です。演奏効果も上がります。楽譜はPetersから現役で出ているので入手も容易です。演奏時間は5〜6分。
あまり有名でありませんが、同じSmetanaに「Sonata
in e minor for 2 piano 8 hands」という作品があります。非常にダイナミックで演奏効果の高い作品です。出版はPetersで現役のようです。
あと、いくつかオリジナル曲を挙げてみます(括弧内は出版社)。
・Maurice Arnold, Valse Elegantes Op.30 (Breitkopf
& Hartel)
後期ロマン派の作品です。
・Jacques Bank, Tow for Four (Donemus)
オランダの現代作曲家
・Ingolf Dahl, Quodlibet on American Folk
Tunes(Peters)
英国生まれの米国の作曲家
・Cornelius Gurlitt,Landliche Bilder op.190(Augener)
英文での作品名は「Rustic Pictures」。独逸後期ロマン派。
・Polo De Haas, Orgella(Donemus)
現代オランダ
・Heinrich Hoffmann, March,Novelette and
Waltz op.103
(Breitkopf & Hartel)独逸後期ロマン派。
・Talicaldis Kenins, Folk Dance, Variations
and Fugue
(Candadian Music Center) ラトヴィア出身のカナダ人作曲家
・Theo Loevendie, Voor Jan,Piet en Klaas(Donemus)
現代オランダ
・中田喜直:日本の旋律による主題と変奏(音楽之友社)
・John Powell, In the Hammock op.18(G.Schirmer)
米国後期ロマン派−近代
このほか、まだあるかも知れません。
そのほか編曲物はたくさんあります。
・Edward Elgar, Pomp and Circumstance(Belwin)
・Jan Siberius, Finlandia(Belwin)
・Felix Mendelssohn, Symphony No.1(Breitkopf
& Hartel)
これは2台4手版もあるので、楽譜発注時/購入時には要注意
・Camille Saint-Saens, Marche Heroique op.34(Drand)
これも2台4手版もあるので、楽譜発注時/購入時には要注意
・Percy Grainger,Colonial Song(Schott)
これは2台4手版などさまざまな版があるため要注意
・J.S.Bach作曲Grainger編曲、Fufue in a minor(Schott)
・Percy Grainger,Handel in the Strand(Schott)
・Percy Grainger,Country Gardens(Schott)
これも2台4手版などさまざまな版があるため要注意
このうち「Country Gardens」は単独で(Schott,出版番号ED12058)、その他は、Schottの「Grainger
2 piano album 1〜5」(出版番号:ED12579〜ED12583)に含まれております。