其の拾七:連弾と一緒---声楽そして器楽とのコラボレーション

先般、ある読者の方から、こんなお問い合わせを頂きました。「連弾とその他の楽器や声楽とを組み合わせた楽曲はあるのですか?」。そこでメールを下さった方に返事を書いたのですが、どうしてもそのアドレスへ返信ができません。さて困りました。どうしましょう・・・。と、思いついたのが、それをテーマに短い文章を書いて、こちらにアップすることでした。題材としては、非常に面白いですからね。ところが、いろいろ調べてみると・・・・。



●意外と少ない「ビッグ・ネーム」による「有名作品」

 結論から申し上げると、意外と少ないのです。「連弾+他の編成」という曲目が。手元で分かっただけですが、75曲しかありませんでした。しかも、音楽史上の「ビッグ・ネーム」や「スタァ」による作品となると、物凄く限られて来るのです。ちょっと意外でしたね。それでは、わたしたちがピックアップした曲の一端をご紹介しましょう。

 まず、断然トップで有名なのがJ.Brahmsの「愛の歌:Liebeslieder Op.52」と「新・愛の歌:Neue Liebeslieder Op.65」の2曲。いずれも、S.A.T.B.の声楽4人と連弾のための作品です。元々は声楽4重唱曲と連弾用ですが、声楽パートを複数にして混声4部合唱としても演奏できます。これは、どちらも親しみやすくて、素敵な作品ですね。声楽は各パートとも非常に「素直」に書かれており、歌いやすいですよ。しかも歌っていて、とても楽しい!(もちろん、そうでないと感じる方もいらっしゃるでしょうけれど) ピヤノ連弾に要求される技術レヴェルは、ソナタアルバム程度と、比較的易しいです。なお、「愛の歌」は全部で18曲、「新・愛の歌」は15曲です。そしてすべての曲がワルツ。従って、全曲演奏しようとすると、ちょっと飽きてしまう方もいらっしゃるかも知れません。そうしたら、何曲か抜き出して演奏することをお勧めします。楽譜もC.F.Petersその他から出版されており、容易に入手できます。

 ちなみにこの2曲は声楽部をピヤノ連弾に組み込んだ「純粋連弾版」があります。Op.52aとOp.65aという曲ですね。声楽部をピヤノで吸収した、といっても、元々の曲でもピヤノが声楽パートを「なぞっている」ところが多いため、さして「音を詰め込んだ」という感じになっておりません・・・というより、原曲の連弾パートと連弾版とを比べると、あまり譜面(ふずら)が変わってないようにも見えます。演奏に要求される技術レヴェルも原曲と変わりません。松永晴紀先生は「ピアノ・デュオ作品事典」の中で、この「純粋連弾版」を「連弾オリジナル」とされていらっしゃいます。実際に声楽付きと純粋連弾の楽譜を比較すると、松永先生のご意見には「なるほど」と頷けます。

 さて、ここからが問題。作品の知名度は一気に落ちます。もちろん、作品そのものの質と知名度とは別問題ですが。

●「連弾王者」ですら・・・

 「連弾王者」とも言えるF.Schubert。このお方なら、「連弾+α」の作品がたくさんありそうなのですが・・・残念ながら、たった1曲しかありません「イレーネ・キーゼヴェッターの快気祝いのカンタータ:Cantate zur Feier der Genesung der Irene Kiesewetter D.936」という作品です。編成は連弾プラス、S.A.T×2.B×2という混声6部合唱。1827年の作曲です。作曲者、死の前年ですね。4分弱の小品で、非常に快活で伸びやかな明るい曲。ピヤノ連弾の前奏に続いて男声4部合唱から始まる、というちょっと異色の作品です。とても楽しい作品なのに、滅多に演奏されないのが残念です。筆者の手元にあるのはBreitkopf & Hartel出版のコピー譜です。現役楽譜かどうか分かりません。

 声楽パートはかなり平易で素直。楽しく歌えます。ピヤノに必要とされる技術レヴェルは、プリモ/セコンダともに、ソナタ・アルバム程度。ただ、さすがに「連弾王者」で「歌曲の帝王」の作品です。連弾パートが単なる伴奏の域を完全に超えて、立派に「ひとつのパート」として、その存在を主張しています。また声楽パートは非常に流麗で歌いやすいですね。

 で、何故こんなマイナー作品の楽譜が手元にあるかというと、以前筆者の片方(夫・かずみ)が居候させていただいた合唱団の演奏会で歌ったからであります。まったく偶然の巡り合わせで、この曲を知りました。ちなみにこの曲、詳細網羅をもってなる「C.McGraw:Piano duet repertoire」(Indiana University Press)にも出ておりません。「The New Grove」には、しっかりと出ていますが。

●後は野となれ山となれ!?

 以上が、きちんと楽譜を参照してのコメントです。以下の記述は、すべて資料ベースになります。

 まずは、R.Schumannの「スペインの恋の歌:Spanische Liebeslieder Op.138」。1849年の作品です。編成は連弾のほか、S.A.T.Bの独唱。歌ったことも聴いたこともないので、Schubert作品のように混声合唱として成立するかどうかは不明です。楽譜はKalmusから出ていましたが、現役かどうか不明です。

 続いては、A.Dvorak。2曲あります。ひとつは男声合唱と連弾のための「スロヴァキア民謡の花束から:Z kytice narodnich pisni slovanskych Op.43」(1877〜1878作曲)。もうひとつは、連弾と混声合唱のための「チェコ農民賛歌:Hymna ceskeho rolnictva Op.28」(1885)。すみません、いろいろ調べたのですが出版社すらわかりませんでした。どなたかご存じの方がいらしたら、是非教えて下さいませ。

 Dvorakと同じチェコの作曲家では、V.Novak混声合唱と連弾のための「2つのバラード:Two ballads on text of popular Moravian poetry Op.19」という作品がありますね。出版はチェコのChadim。これも現役楽譜かどうか、とうとう分かりませんでした。

 なお、日本人では黛敏郎さんの「Sphenogrammes」(1950)という作品があります。フルート、アルト・サックス、マリンバ、ヴァイオリン、チェロ、声、そして連弾のための曲です。出版はPetersですが、現在絶版。Petersにコピー譜作成を依頼すれば、入手可能かも知れません。

 ここまでは声楽と室内楽ですが、その他、C.Czernyには「連弾と管弦楽のための協奏曲 Op.153」(1831)、B.Brittenには「Noye's Fludde Op.58」(1957)という連弾、声楽と管弦楽のための作品があります。出版はBrittenがBoosey & Hawkes、Czernyは不明です(ずみません)。そうでした、Brittenのオペラ「オペラを作ろう(小さな煙突掃除):Let's Make an Opera (Little Sweep) Op.45」の器楽編成は、弦楽四重奏、打楽器、そしてピヤノ連弾でありました。この楽譜もBoosey & Hawkesから出ております。器楽編成をすべて連弾に吸収させた版も存在します。

 以上は、譜面を見たことも、音を聴いたこともないので、あくまでも参考程度に留めておいて下さい。なお、管弦楽の中で連弾ピヤノが活躍する曲は、C.Saint-Saensの「交響曲第3番」、C.E.Ives「交響曲第4番」、小山清茂「管弦楽のための木挽歌」、肥後一郎「交響曲」を初めとしていくつかありますが、ここでの紹介は割愛させて頂きます。ちなみに管弦楽の中で連弾が活躍しているのを初めて筆者が目の前で見たのが、肥後一郎氏:交響曲の初演でした。

 ちなみに「2台ピヤノとその他の編成」に関しても似たような状況です。それに関しては別途報告させて頂くことにいたします。




目次へ

(c) Kazumi & Yumiko TANAKA 2001