其の拾参 生きていた「トンデモ連弾本」

世の中には「トンデモ本」という“ジャンル”の書籍があります。これは「自称・ノンフィクション」の分野に多い本です。一方、連弾界(?)に目を転じてみますと、ここにもあるのですね、「トンデモ本」ならぬ「トンデモ楽譜」「トンデモ編曲」が。今回は、その一端をご紹介することに致しましょう。ある「トンデモ連弾楽譜」のお話しです。この楽譜、あまりの馬鹿馬鹿しさに、とっくに絶版になっていると思っていたら、何と堂々と生きていたのです。


 さて「トンデモ本」。この“ジャンル”をご存じない方もいらっしゃることでしょう。そこでちょっと前置きを。「トンデモ本」とは、このジャンルの本を研究する団体「と学会」の定義によれば、「著者の意図したものとは異なる視点から読んで楽しめる本」のことを指します。著者が本気で、あるいは読者をあえて欺こうとして書いた、主にノンフィクション分野(とは、本当は言えないのですが)の本です。例えば、「月に空気があることをNASAは隠している」「ユダヤ人の黒幕は金星人である」「武豊騎手は反重力エネルギを利用して勝っている」・・・などなど、笑える本の類です。1999年まで、大流行に流行った「ノストラダムス本」など、正に「トンデモ本」の典型です。良く読むと、大爆笑の連続ですから。

 本題に入りましょう。連弾界、実は「トンデモ本」のオンパレードなのです。特に集中しているのは管弦楽曲の連弾用編曲。わたくしたちが紹介した中でも、誰が編曲したか不明の「マーラー:交響曲第1番」「同:第2番」、「ブルックナー:交響曲第4番」「同:第7番」(注:いずれもKalmus社刊)など、弾いても聴いても笑えます。特にマーラーの2番の終楽章などは爆笑モノです。もちろん編曲者の意図は、奏者や聴衆の爆笑を誘うところにあるわけではないのですね。極めて真面目、大真面目で編曲している訳です---と、まるで編曲作業を見てきたように書いていますが、別に現場を見ている訳ではありません。譜面から“真面目さ”が滲み出てくるのです。でも、弾いたり聴いたりしていると、どうしても爆笑を禁じ得ません。

 誤解がないように申し添えますが、管弦楽曲の連弾編曲すべてが「トンデモ」ではありません。例えば、シューマンやブラームスが自分自身で編曲した交響曲の連弾版(シューマンはDurandで現役、ブラームスはSchirmerまたはPetersでいずれも2000年7月時点で絶版)は、実にピヤニスティックであり、立派な「連弾ソナタ」として成立しております。カリンニコフ(Forberg:絶版)やフランク(HamelleまたはSchirmerでいずれも絶版)の作曲者自身による交響曲の連弾用編曲も同様。マーラーの交響曲第6番をツェムリンスキーが編曲した連弾版(Universal:絶版)など、あたかも初めから連弾曲であったかのように、実に美しく響きます。こうした素晴らしい編曲---もう再作曲に近いくらいの---がある反面、やはりトンデモ編曲がたくさんあるのです。

旧版の表紙
新版の表紙

 さて、こうした中で「1冊の曲集そのもの」がトンデモ本という、小品集があります。かなり前に見つけて購入し、あまりの馬鹿馬鹿しさに大爆笑しました。そしてそのときは、こんな本、あっと言う間に絶版になるだろうな、と考えていました。

 ところがです。生きていたのですね、この本が。これには驚きました。未だに絶版にならず、立派に生きていたのです。その本とは、タイトルもズバリそのもの「Piano Duets」(米Amsco Publication刊)。表紙の体裁こそ変わりましたが、中身は同じで2000年7月現在、しぶとく生き残っているのです。

 で、何故この本が「大爆笑」かと申しますと、編集方針もなにもあったものではなく、ただ有名曲(あまり有名でないものもありますが)の連弾を、グチャグチャに集めているだけの代物なのです。バロックも古典派もロマン派も民謡もゴッタ煮状態。
これほどズサンな編集も珍しいです。

 しかもオリジナルの連弾曲、例えば「シューベルト:軍隊行進曲第1番」があるかと思えば、「これを何故、連弾曲にしたのだろう?」と疑問を感じさせる「ショパン:葬送行進曲」「同:軍隊ポロネーズ」や「モーツアルト:トルコ行進曲」、「シューマン:トロイメライ」などが混在したりしています。しかも、それらの編曲の無様なこと。原曲の持つ良さをかなぐり捨てて、ただただ連弾化しただけの編曲です。上手に編曲すればかなりの演奏効果が上がる「スッペ:詩人と農夫・序曲」「アイリッシュ歌謡:ロンドンデリーの歌」など、音ばかり厚くて実に無様な仕上がりです。もちろん中には「リムスキ=コルサコフ:インドの歌」など、特段優れた編曲ではないですが、初見で楽しめる曲も含まれてはおりますが。

 とにかく、目次を見るだけで爆笑モノの曲集です。もちろん編者は、奏者や聴衆を笑わせようとして、この本を編集したわけではないでしょう。善意に解釈すれば、ですが・・・。ご参考までに、この本に収録されている全ての曲を下記にリストアップしてみました。

作曲者または原曲素材 曲名
Ludwig van Beethoven Minuet In G
Ludwig van Beethoven Turkish March from 'The Ruins Of Athens'
Georges Bizet Romance from 'The Pearl Fishers'
Johainnes Brahms Hungarian Dance No. 5
Frederic Chopin Funeral March from Sonata Op. 35
Frederic Chopin Polonaise A Major
Cesar Cui Orientale from 'Kaleidoscope'
Gaetano Donizetti Sextette from 'Lucia di Lammermoor'
Anton Dvorak Humoresque
Gluck-Brahms Gavotte
Benjamin Godard Berceuse from 'Jocelyn'
Charles Gounod Waltz from 'Faust'
Edvard Grieg Anitra's Dance
Edvard Grieg Norwegian Dance
Georg Friedrich Handel Largo
Gabriel-Marie La Cinquantaine The Golden Wedding
Jules Massenet Aragonaise from the ballet 'Le Cid'
Felix Mendelssohn Spring Song
Wolfgang Amadeus Mozart Minuet from 'Don Juan'
Wolfgang Amadeus Mozart Rondo Alla Turca
N. Rimsky-Korsakov Song Of India
Anton Rubinstein Melody In F
Franz Schubert Marche Militaire
Franz Schubert Serenade
Franz Schubert Unfinished Symphony Theme
Robert Schumann Romanze
Robert Schumann Traumerei
Franz von Suppe Poet And Peasant Overture
Ambroise Thomas Entr'acte - Gavotte from 'Mignon'
Carl Maria von Weber Sonatina
American Folk Dance Turkey In The Straw
English Folk Dance Country Gardens
Irish Melody Londonderry Air
Russian Folk Melody Two Guitars


 これは笑えますよね。もう、ムチャクチャです。思想も編集方針も、あったものではありません。お時間のある方、楽譜屋さんで見つけたら、立ち読みしてみて下さいな。ちなみに価格は14ドル95セントです。 オンライン楽譜ショップ「Sheet Music Plus」で簡単に入手できるほか、この本を置いてある楽譜屋さんも多いようです。注文すれば、すぐ入荷します。この楽譜の活用法は、他のトンデモ連弾編曲と同様に「音楽パーティ」でしょうね。曲によっては「何で、これが連弾なんだぁ?」と、爆笑を誘うこと請け合いです。ただし、あまり連弾に好意を持っていない人に聴かせると、「は、所詮は連弾など、この程度のモノだ」と誤解される危険性もあります。この曲集もそうですが、類似の曲集は、時と場合を考慮してご活用なさることをお勧めいたします。

 しかしながら、こうした「トンデモ本」が生き残り、消えて欲しくない優れた楽譜が次々と絶版になるのを見ると、何とも複雑な気持ちになってしまいます。



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