其の拾弐 ピヤノが3台あったなら
大きなホールとなれば、コンサート・グランド・ピヤノを2台用意しているところは、ざらにありますね。しかし3台となると、かなり数は限られてきます。でも中には、そうした幸せなホールも、いくつかある訳です。もちろん、そもそもの目的は「演奏者にとって、楽器を選択できる環境を用意する」ことでしょう。しかしそこで「折角3台ピヤノがあるなら、これをいっぺんに使って、何か楽しいことはできないかしら」という発想が出るのも、ごく自然なことかも知れません。今回は、3台のピヤノを同時に使って、面白くて楽しい催しを開いてみると・・・というお話しです。
そもそもの発端は、2000年5月21日、茨城県日立市にある「日立シビックセンター」で開催された「第9回ひたちの春音楽祭・ピアノアンサンブルコンサート」の打ち上げ会でした。ちなみにこの演奏会、自治体と民間ボランティアの方々による緊密な連携で、毎年春に開催される音楽祭における一連の演奏会で、必ず連弾と2台ピヤノによる演奏会を催すという、全国でも稀にみる画期的かつ意欲的な催しです。第9回の演奏会に、主催者のご厚意でわたくしたちが招待された上、演奏後の打ち上げ会にまで参加させて頂きました。主催者の皆さん、演奏者の方々と、それは楽しくお喋りさせて頂き、本当に幸せな時間を過ごすことができました。
その打ち上げ会の席上で、ボランティア側の取り纏め役でいらっしゃる若島さんと原さんから、こんな相談を受けました。「このセンターには、3台のグランド・ピヤノがあります。この3台を使って、何か楽しいイヴェントはできないでしょうか? 何かお勧めの曲があったら、紹介して下さい」。お気軽人間の夫・かずみ、何だか自分まで楽しくなってしまって、「ええ、3台用のピヤノ曲なら、いくつもありますよ。今度、きちんと調べてリストアップしてみましょう」と、気楽に答えた次第であります。
さて、しばらくしてリストアップ作業を始めた、夫・かずみです。あっちの資料をひっくり返し、こっちのWebで検索し・・・と。確かにありました。オリジナルの3台6手のピヤノ曲が続々と。しかし、どれもこれも、聴いたことのない現代曲ばかり。これでは責任持って推薦することはできません。さぁて、どうしましょう。
ふと、思い当たったのが「編曲物」。これなら何か「面白い物」があるかも知れません。ところが意外とないのですね。2台4手は、それこそたくさんありますし、2台8手、4台8手、変なところでは2台6手などというものに、面白い物がたくさんありました。ところが3台、5台、7台・・・と奇数台数のピヤノ曲となると、不思議とないのです。
唯一、3台6手で見つけたのが、P.A.Grainger編曲の「J.S.Bach:オルガンのためのトッカータとフーガ ト長調 BWV540」のトッカータ部の3台6手編曲です。楽譜は独Schottから出ていましたが現在絶版。しかし幸いなことに、アカデミア・ミュージック(東京都文京区本郷)に依頼すると、コピー譜が入手できるとのことです。
でも、これだけでは「イヴェントのプログラム」として、ちょっと弱いですね。
そこで「う〜ん・・・」と、鈍い脳味噌をノロノロと回転させていて、自分のCDラックを見て、ふと「妙案」(か、どうか分かりませんが)を思いつきました。世の中には「2台のピヤノと管弦楽の為の協奏曲」というのがありますね。で、大抵は管弦楽部分をピヤノ用に編曲した楽譜が出ている訳です。すると、実質的には3台6手用のピヤノ曲になるのです。左右向かい合わせに第1と第2ピヤノを配置し、そのまん中に管弦楽用のピヤノを置いて。個人的な趣味ですが、管弦楽用のピヤノは「お尻」を聴衆側に向けて---すなわち奏者が聴衆側を向く---配置すると、聴衆からは3人の顔が見えて、楽しいですね。それなら、楽しい曲がいくつか挙げられそうです。演奏効果も上がり、みんなで楽しめ、しかも楽譜の入手も、比較的容易です。まずここで、楽譜の入手が容易な4曲を挙げてみることにいたしましょう。
【1】W.A.Mozart:2台のピヤノと管弦楽のための協奏曲 Kv.365
これは有名な曲ですね。楽譜はPetersから出ています。
【2】M.Bruch:2台のピヤノと管弦楽のための協奏曲 Op.88a
あまり知られていませんが、それは流麗かつ華麗な曲。華やかなイヴェントにぴったりです。出版はSimrockから。
【3】F.Poulenc:2台のピヤノと管弦楽のための協奏曲
これも、華麗な曲ですね。Poulencの作品としては、ややマイナーですが、演奏効果も上がります。第1楽章のガムランからの影響と、第2/第3楽章の伸び伸びとした楽想は素敵です。出版社はSalabert。
【4】L.Berio:2台のピヤノと管弦楽のための協奏曲
上記3曲に比べると、ちょっと「変化球」ですが、とても楽しめる曲です。まさか管弦楽パートをピヤノ用に編曲して3台で弾ける曲として楽譜が出版されているとは思いもよらなかったのですが、念のためカタログを調べたら見事に現存しました。出版はUniversalです。
そのほか、F.Mendelssohn-Bartholdyに、作品番号のついていない2曲の「2台のピヤノと管弦楽のための協奏曲」があります。1923年作曲のホ長調と、1824年作曲の変イ長調です。どちらも流麗で素敵な作品なのです。しかし、フルスコアの出版元は分かったのですが(Kalmus)、管弦楽パートをピヤノ化して3台用とした楽譜の出版元が、どうしても分かりませんでした。ちょっと残念です。またB.Bartokの「2台のピヤノと管弦楽のための協奏曲」---例の「2台のピヤノと打楽器のためのソナタ」を管弦楽化したものです---も、あちこち確認したのですが「3台ピヤノ+打楽器」とした楽譜が、どうしても見つかりませんでした。ひょっとしたらB&Hあたりから出ているのかも知れませんが、同社のカタログには見当たりません。わたくしたちの見落としかも知れませんが。
いずれにしても楽譜の発注の際に「管弦楽パートをピヤノで演奏できるようにした、3台ピヤノ用の楽譜」であることを、しっかり相手に伝えて下さい。そうしないと、フルスコアみたいな、今回の目的である「3台のピヤノで演奏する」ことから外れてしまう楽譜が届いてしまう可能性があります。十分にご注意下さいね。
参考までに、資料ベースで拾い上げた「3台のピヤノを使うオリジナル曲」のリストを、下記に挙げておきます。申し訳ありませんが、どれも聴いたことはなく、楽譜を見たこともありません。あくまでも、ご参考までにとどめておいて下さいませ。
作曲者 | 作品名 | 作曲年 | 出版社 |
Jurigen Beurle | Kontra | ??? | Moeck |
Earle Brown | Twenty Five Pages for one to 25 pianos | 1953 | Universal |
Morris Cotel | Tehom for 3 pianos | 1974 | Midbar Music Press |
Morton Feldman | Extensions 4 for 3 pianos | 1952-3 | Peters |
Morton Feldman | 2 pieces for 3 pianos | 1966 | Peters |
Morton Feldman | False Relationships and the Extended Ending for 3 pianos | 1968 | Peters |
Johannes Fritsch | Ikonen for 3 pianos | 1964 | Freedback |
David Gibson | Three pianos | 1975 | Seesaw |
Leopold Godwsky | Contrapuntal Paraphrases on Weber's "Invitation to the Dance" | 1922 | Carl Fisher |
Alcides Lanza | Trio Concertante | 1962 | B&H |
Bruno Liberda | Turn Slowly | 1979 | Ariadne |
Otto Luening | The Bell of Bellagio | 1973 | Peters |
Gilberto Mendes | Blirium | 1965 | Ric NMB |
Stephen Montague | Inundations for 3 pianos 12 hands & tape | 1975 | Edition Modern |
Emmanuel Nunes | Litanies du feu et de la Mer | 1969 | Salabert |
Toru Takemitsu | Corona for pianists | 1962 | Salabert |
Stefan Wolpe | Seven Pieces for 3 pianos | 1951 | Peer International |