其の拾壱:雨のミュンヘン突撃隊

海外へ出かけて、いわゆる観光名所を訪れたり、オペラ/バレエ/コンサート/美術館に行くのも良いですが、楽譜店/古書店めぐりも、なかなか味のある時間が楽しめます。「まさか!」と思うような楽譜に出会える可能性があるからです。しかもごく稀な例を除いて、中古楽譜は恐ろしく安価なのです。昨年の晩秋、ウイーンで楽譜店を襲撃しましたが(「ウイーン楽譜店襲撃の巻」参照)、今回はミュンヘンでの“釣果”をご報告いたします。



 2000年6月某日、わたくしたちは冷たい雨の降るミュンヘン市に侵攻いたしました。本来なら1日で、お城を1件、美術館を3件、楽譜屋を2件、それぞれ征服する予定だったのですが、あいにくの雨。それでも午前中は曇りだったので、ゆっくり「お城見物」をしていたのですが、お昼を食べ終えたあたりからポツポツと。幸い、攻撃目標とする楽譜屋のうち1件は、お昼を食べた場所から徒歩3分、宿泊しているホテルから徒歩3分の位置。迷わず突撃です。お店の場所は、ミュンヘン市の中心部である「マリエン広場」(写真左)と、バイエルン国立歌劇場を結んだ線の中心付近です。お店の紹介者は、夫・かずみの友人であるFalstaff 2号さんです。

 お店へ入って、即座にカウンタへ。「こにちは。わたしたち、ニホンから来た、ニホン人ね。こにちは。わたしたち、ピヤノ連弾と2重奏の楽譜、探してる。特に中古の本、見たいことよ。自由に在庫を見せてもらえると嬉しな」。すると店員さんの1人が、わざわざカウンタから出てきて、店舗内を案内してくれました。「ここからここまでは、全部中古の連弾楽譜。ここからここまでは新品と中古が混じった2台ピヤノ用、こちらは新品が主だけど中古も少し混じった連弾楽譜です。どうぞ、自由にご覧になって下さいな。ご質問やご希望がありましたら、わたくしまでご遠慮なくどうぞ」。ああ、何と親切な店員さんなのでありましょう。

 さあ、作業開始です。夫婦でそれぞれ楽譜の束を棚から取り出し、それぞれ「いるもの」と「いらないもの」に分けるのです。ちょっとでも有望なものがあると、お互い声を掛け合って「これ、どうする?」。そんなこんなをしているうちに、「わたし、くたびれた。ホテルへ帰る」と、妻・ゆみこは途中から退却していきました。残された夫・かずみは妻の退却にもめげず、楽譜の山と格闘です。棚の高い場所にある楽譜を出し入れするのに苦労していたら、何とさっきの店員さんが折り畳み式の梯子を持ってきてくれたではありませんか! 「これ、お使いになったら、楽でしょう」。おお、何という親切!

 結局、購入した楽譜は13冊。全部で236独逸マルクでした。そうしたらさっきの店員さん、「たくさん購入して下さったから、230マルクでいいですよ」。約1万2000円で、こんなにたくさん! さらに別の店員さんが「雨が降っていますから、持ちやすくて濡れにくいように、2つの袋(ビニール)に分けて包みますね」と、実に細やかな気遣い。何だか、とても幸せな気分になった、夫・かずみでありました。入手した楽譜は以下の通りです(順不同)。

A.グラズノフ 組曲「中世より」 作品79 2台ピヤノ 作曲者自編 Belaieff
A.ロエシュホルン 音の絵 作品51 連弾 オリジナル Peters
A.ボロディン 交響曲第2番 ロ短調 2台ピヤノ C.Sandre編曲 Leduc
R.ワーグナー 歌劇「タンホイザー」から 連弾 G.Rudolphs編曲 Benjamin
R.ワーグナー 歌劇「ローエングリン」から 連弾 G.Rudolphs編曲 Benjamin
R.ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」から 連弾 G.Rudolphs編曲 Benjamin
R.ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」から 連弾 G.Rudolphs編曲 Benjamin
R.ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」から「ヴォータンの別れと魔の炎の音楽」 連弾 編曲者不明 Schott
M.レーガー 管弦楽のためのセレナーデ 作品95 連弾 作曲者自編 Universal
10 L.v.ベートーヴェン レオノーレ序曲 第3番 連弾 編曲者不明 Litolff
11 L.v.ベートーヴェン 「エグモント」序曲 連弾 編曲者不明 Litolff
12 H.ベルリオーズ 「ベンヴェヌート・チェルリーニ」序曲 2台ピヤノ O.Singer編曲 Universal
13 F.シューベルト 「ロザムンデ」序曲 連弾 編曲者不明 Litolff
14 A.ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界から」 作品95 連弾 作曲者自編 Simrock
15 M.モシュコフスキ 歌劇「ボアブディル」からのバレエ音楽 作品49 連弾 作曲者自編 Peters
16 L.v.ベートーヴェン 7重奏曲 作品20 連弾 H.Ulrich編曲 Peters
17 W.A.モーツアルト ソナタ ニ長調 Kv.381 連弾 オリジナル Peters
18 W.A.モーツアルト ソナタ 変ロ長調 Kv.358 連弾 オリジナル Peters
19 W.A.モーツアルト ソナタ ヘ長調 Kv.497 連弾 オリジナル Peters
20 W.A.モーツアルト ソナタ ハ長調 Kv.521 連弾 オリジナル Peters
21 W.A.モーツアルト 幻想曲 ヘ短調 Kv.594 連弾 オリジナル Peters
22 W.A.モーツアルト 幻想曲 ヘ短調 Kv.608 連弾 オリジナル Peters
23 W.A.モーツアルト アンダンテと変奏 Kv.501 連弾 オリジナル Peters
24 W.A.モーツアルト フーガ ト短調 Kv.401 連弾 オリジナル Peters
25 M.レーガー オルガンの為の組曲 作品16 連弾 作曲者自編 Henle

 ちなみに、「2」はお初にお目にかかった作曲家の作品。非常にロマンティックな佳品です。プリモがとても易しい。「4」〜「7」は、1冊の本。それぞれ歌劇/楽劇の「名場面」をつなぎ合わせた「メドレーもの」。「9」は、原曲は知っていましたが、まさか作曲者自身の手による連弾版があったとは! 難曲です。「10」と「11」は、もともと別々に出ていた物を、元の持ち主が1冊の本に製本した楽譜。「14」は以前、友人の「ムームー夫妻」からコピーを頂いて手元にある楽譜なのですが、オリジナルの楽譜が非常に保存の良い状態で棚に並んでいたので、あえて購入しました。

 「15」
は全く未知の作品。妻・ゆみこが「モシュコフスキの作品49ってなんだっけ?」。「おや、おかしいな、そんな作品番号の連弾曲なんてあったっけ?」(夫・かずみ)。はい、どうやら存在したようであります。なお「15」〜「24」は、これも元の持ち主が別々の楽譜を1冊に製本しなおした代物。欲しかったのはモシュコフスキだけでしたが、他の楽譜が「おまけ」でついてきたのです。「25」は、これのみ新品楽譜です。折角見つけたので購入した次第です。

 以上、雨のミュンヘンでの楽譜店襲撃顛末記でありました。




連弾閑話目次へ  総目次へ