爽やかな夏の朝の深みへおろす心の錘(おもり)…。こういった感慨は老境のものに違いない。そしてそこに見出す音楽も、シューベルトの弦楽四重奏曲の15番とか、ヨハン・セバスティアン・バッハのコラール・プレリュードとか、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの小品など、まさに老境のそれである。私にとって唯ひたすらに冷めることのない熱情と言えば、美しい大自然への愛と祈りと言ってよい。
ここ標高1100メートルの山麓にある「信州いいづな高原美術館」は、女流画家・小山利枝子の展示館であるが、毎夏7月、8月、9月には魅力ある演奏家たちの出演を重ねている。
ピアニスト・豊岡正幸氏とは30年ぶりの再会であったが、溢れる若さでダイナミックに切り込むその企画力と、併せて甘美な響きを歌いあげる演奏…… こういう新鮮な味わいに大きな期待を寄せている。
そしてこの高原を訪れる若いピアノストたちの生き生きとしたリズムの躍動と、多彩な音色効果を追求する息づかいを肌で感じながら、香り高い音楽に心ゆくまで浸り、楽しみ、語る。こんな触れあいのの夢を抱いている。またそこに21世紀への新しい音楽美の原質を求め得るならば、生涯の忘れ得ぬ至福のときとなるだろう。