ベートーヴェンの作品
十分に有名で、弾き応えがあって、そして現在入手も容易な交響曲の連弾用編曲−−−こんな条件の最右翼がBeethovenの9つの交響曲です。現在、容易に入手可能な編曲が2種類あります。一つはPetersから出版されているHugo Ulrich編曲、もう一つはAlfred Casella編曲のRicordi版です。Ulrich編曲は「Band I」に第1番〜第5番が、「Band
II」に第6番〜第9番が収録されています。一方のCasella編曲は3分冊。「Vol.I」が第1〜3番、「Vol.II」が4番〜6番、「Vol.III」が7〜9番です。
現在入手容易なのはこの2つの版ですが、Beethovenの交響曲の連弾編曲は、他にもあるかも知れません。現にわたくしたちの手元に編曲者不明のUniversal版があります。ちょっと見たところUlrich編曲とよく似ているのですが、詳細に比較していないので、現時点では何とも申し上げられません。
そのほか2台用編曲としてOtto Singerの手による編曲がPetersから出ていましたが、現在絶版です。Peters社に依頼すれば、コピー譜を作ってくれるかも知れませんが、入手は困難です。Otto
Singerの2台版は全9曲の編曲ですが、第9番だけに限るとFranz Lisztの編曲が存在します。随分探したのですが、これも絶版です。ただし、かつてSchottから出版されており、ショット・ジャパン(東京都千代田区)に依頼すればコピー譜を作成してもらえる可能性があります。
さて以下でコメントするのは、手元にあるUlrich編曲版です。編曲の手法そのものは、第1番から第9番まで、そっくり同じ。管弦楽の動きを可能な限り4手ピヤノに移し替え、なおかつ無理なくピヤノで演奏できるようにした、ある意味で「模範的」な編曲。そこそこピヤノスティックです。おおきな手の交差は皆無で、両奏者の手の接近も、必要最小限に抑えてあります。もう一言付け加えると、原曲を「かなり生のまま」ピヤノに移し替えております。そのため、弾いたり聴いたりしていると原曲の構造が、かなりくっきりと露出します。
譜例 1−1 : 交響曲第5番第1楽章 冒頭 (Primo) |
譜例 1−2 : 交響曲第5番第1楽章 冒頭 (Secondo) |
トランスクリプションの要素は、ほぼ皆無。時折オクターヴの音を「補強」している程度です。その点で、連弾テクニックを追求した編曲をお弾きになりたい、あるいはお聴きになりたい方には、やや不満が残るかも知れません。
演奏に要する技術レヴェルは、両奏者ともにソナタアルバム終了程度、あるいはそのちょっと上くらい。結構、楽しく弾けますよ。ただし、どうしてもセコンダが地味な存在になってしまいます。これは松永晴紀先生が御著書「お楽しみはピアノデュオ」(春秋社刊)の中でも指摘されていらっしゃることですが、セコンダの分担は管弦楽で言えば主にチェロ、コントラバス、ファゴットといった低音楽器が奏する音を分担するため、どうしても地味になってしまいがちです。かといって、プリモより易しい訳ではないので、ちょっとばかり損かも知れません。もっとも第3番の冒頭(譜例2)ではセコンダからテーマが出ますし、第9番の第4楽章、例の「歓喜の歌」の主題が出るところ(譜例3)では、延々24小節に渡ってセコンダのソロになります。
譜例2 : 交響曲第3番 冒頭 (Second) |
譜例3 : 交響曲第9番 第4楽章「歓喜の歌」出だし (Secondo) |
そこそこ素敵な編曲ですが、例えばTchaikowsky自身の手による交響曲第6番「悲愴」(連弾版)やTaneev編曲のTchaikowsky交響曲第5番(連弾版)、Brahms自身が編曲した4つの交響曲の連弾版と比較すると、編曲の完成度や華やかさでは、かなり劣ります。立ち読みをしただけで正確なコメントはできないのですが、同じBeethovenの連弾用編曲なら、Casella版の方がピヤニスティックな感じが致します。このCasella編曲、Ulrich編曲より、やや技術的に難しいようです。
もっとも、ご家庭で楽しんだり、ちょっとした演奏会やパーティーなどで「Beethovenの交響曲を連弾で弾く」といったケースには、Ulrich編曲で十分と言えるでしょう。