公開情報もネットで流せば損害賠償責任が
神戸地裁 99年6月23日判決

【本文は某メディア用に執筆したものに、若干加筆しました】

 
「たとえ公表済みの情報であっても、ネットで公開するとプライバシ侵害となるケースがある」。神戸地方裁判所は99年6月23日、国内初の判断を下した。電話番号簿や生徒/保護者名簿、学会名簿---いまや個人情報は、様々なところで“公開”されている。さて、これら個人名や電話番号など、すでに“公表済み”の個人情報は「プライバシ」と言えるのか。そして、これら公表済み情報をネット上に掲載することは、「プライバシの侵害」なるのか。---神戸地裁は原告側主張である「プライバシの侵害」を認め、ネット上に原告の電話番号などを掲載した被告に慰謝料ほか損害賠償の支払いを命じたのだ。この判決は、インターネット時代における個人情報の取り扱い方に関して警鐘を鳴らすという意味で、非常に画期的と言える。

 事の発端はパソコン通信/インターネット接続サービス「ニフティサーブ」の会議室における論争だ。ネット上での議論の最中、ある参加者が論争相手である別の参加者の氏名、住所、電話番号、ハンドル名などを会議室に書き込んだ。氏名などをネット上で公開されたのは神奈川県在住の開業医。医院の名称まで、氏名と同時に書き込まれてしまった。もちろん、本人の了解などない。

 その日から、その開業医が運営する医院への“いたずら電話”が殺到した。加えて開業医本人になりすました第三者が、大量のアダルト用品を発注。いかがわしい商品が開業医の元に、続々と送られてくる結果となった。原告側代理人である
牧野二郎弁護士によれば「開業医は、もはや業務にあたることができない状況に追い込まれた」という。「この開業医への攻撃手段として、個人情報を会議室に書き込んだことは明らか」(牧野弁護士)。

 結果、開業医は書込者に対して損害賠償を請求する民事訴訟を、東京地裁に起こした(注:その後、被告側事情により神戸地裁へ移送となった)。なお、サービス運営会社であるニフティ(本社:東京都品川区)は、氏名等の書き込みが明らかになった時点で当該データを削除、書込人のIDを停止処分にしたという。

 原告/被告の主張は、真っ向から対立した。そのポイントは2点。

1

氏名、住所、電話番号などは個人情報・プライバシと言えるのか。

2

すでに医師会名簿や職業別電話帳などで公開されている情報を、ネットワークで公開することは、プライバシの侵害かどうか。


 裁判所は、いずれも原告側主張を認めた。
判決のカギとなったのは「目的」と「手段」である。

 まずは
「目的」。医師会名簿は、医師同士が連絡を取り合うなどの目的で個人情報を公開している。職業別電話帳は、一般市民が医院を見つけるという目的のために住所や電話番号を掲載している。ところがネットの会議室は、医学とは何の関係もないテーマを扱う場所だった。裁判所は、こうした場所(会議室)における個人情報の無断掲示/公開は、個人攻撃を目的としたものとしか判断できない、としたのである。

 さらに
「手段」。「会議室に書き込む」という手段をとれば、「不特定多数の人の目に個人情報をさらす」ことになる。不特定多数の中には当然、悪意を持つ者も出るだろう。実際に原告は、悪意を持つネットワーカーによる被害を受けているのだ。

 牧野弁護士は、本判決を次のように評価する。
「個人情報の内容と、その情報を公表する目的/方法/範囲がどのようなものであるべきかを、明確に示した点で画期的と言える」。

 また、同様の被害にあったとき、損害賠償請求ができる道を開いたという点においても、本判決は意義を持つと言えよう。この裁判で扱ったような事件は、今後も発生する可能性があるからだ。折しも6月24日、セガ・エンタープライゼスが運営する「ドリームキャスト」のWebページにおける、類似事件の発生が明るみに出たばかり。実際のところ、これら事件を根本的に防止する手段はない。ただし、不幸にして被害にあったとき、被害者を救済するひとつの対処法があることを、この判決は示したのである。



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