<五> 何の不思議もありゃしない−−広末さんと早稲田大学

 多少旧聞に属しますが、「人気タレントの早稲田お受験」が話題になりましたね。タレントの広末涼子氏が「自己推薦」によって早稲田大学教育学部国文科に、実質上の無試験入学を果たされた一件です。わたくしは、別に広末氏のファンでもありませんし、早稲田大学と縁があるわけでもありませんので、何の気にも留めずにおりました。

 広末氏の合格後、しばらくして、各種マスコミを通じ、さまざまな「雑音」が聞こえてくるようになりました。「タレント活動が、スポーツや芸術コンクールで一定以上の評価を得たことと、同列に扱われていいのか」、「著名人だからといって、警備員を配してまでの特別入試をする必要があるのか」、「同じ高校から、もっと成績の良い生徒が同じ自己推薦で受けたけど、落っこっちゃったのは不公平だよ」…云々。ちなみに週刊文春(わたしの愛読誌です)2月11日号では時論家・宮崎哲弥氏が「自己推薦入試は機会差別に他ならない」と批判する始末——もっとも宮崎氏の言わんとする点は、広末氏の入試に限っておりません。自己推薦入試は入試のスタート・ラインを崩すという面で、一部の生徒にはかえって門戸を狭める結果になってしまう、という「弊害」に関して指摘していらっしゃいます———。まあ、みなさんの言わんとしているところは「有名人だといって、入学試験で特別扱いするのは、如何なものか」という非難のようです。



 しかし、ちょっと視点を変えて、冷静な目で見てみましょう。この一件、特段に目くじらを立て、騒ぎ立てる程のものではありません。

 一般のマスコミが「分かっていながら、あえて触れていない」点がありますね。そう、早稲田大学は「私企業」である、という点です。広末氏の入試対応を、一般企業の広報あるいは宣伝活動の一環と見れば(注:「広報」と「宣伝」は、まったく別のものです。混同なさらぬように。この説明は本稿の趣旨と外れますので省略します)、早稲田大学の一連の対応は何ら不思議でも不合理でもないことが、簡単に理解できます。

 企業であるからには、収益の強化が不可欠です。例えば「大学」という高等教育を提供するサービス業であるならば、「施設」というハードウエア、「教員」および「教育体制」というソフトウエア両面の充実は必須です。特に今後の「少子化」を考慮すれば、さまざまな面で競合他社に対する競争優位に立たなければなりません。そのためには、収益力を強化せざるを得ません。企業として当然のことです。

 さて、企業として収益力を上げるための手段ですが、ざっくり大きく分けて2つあります。一つは本業の充実による「製品・サービス品質の向上」、そしてもう一つが広報および宣伝活動です。どちらも改めて説明する必要はないでしょう。



 広報活動という点から見ると、早稲田の対応は実に見事でした。何故って? 広末氏の受験前後、さまざまなマスコミの紙面・画面で「広末涼子」と「早稲田大学」の名前が並んで露出しなかった日は、ありませんでした。これだけで、恐ろしい広報・宣伝効果です。

 例えば新聞で4段(約10センチ平方メートル)の記事が出たとしましょう。この記事、広告に換算すると新聞全面広告以上の効果があると見なされます−−(「記事」といっても、広告とタイアップしている業界紙やファッション誌、女性誌・男性誌なんかじゃ、ダメですよ。編集と広告が独立している在京5紙および関連媒体が基準です)。新聞全面広告は面によっても異なりますが、いずれも1回数千万円のオーダー。これが記事として毎日のように複数のメディアに出るとなると、数十億円の広告効果です。話題のタレントと企業名を織り込んだ、それは見事な「企業イメージ広告」を、全国紙やテレビあるいはそれに準ずる媒体に「記事として」掲載・放映させたのだから。しかもその「訴求対象」は、受験生の世代となります。これを早稲田大学は、ほとんど投資をせずに成し遂げたわけです。

 「イメージ広告」だけでも、凄い市場効果です。これら記事をベースに、受験者が集まったらどうでしょうか? この場合、「教育学部国文科」に限らなくても良いわけです。「早稲田大学」という企業体の枠内であればいい。確率論的に見れば、受験者数が増え、競争率が上がれば、「合格者」の「受験学力水準」が上がる確率は高くなります。加えて、「受験料」という収入面でのキャッシュ・フローの向上も期待できます。もっとも、こちらの方は、結果を見てみなければ、何とも言えないのですが。

 …と、このように見れば、早稲田大学の対応は、何ら不自然・不合理でないことが簡単に理解できるでしょう。企業に於ける一般的活動に過ぎないのです。まして広末氏が「早稲田に入りたい」という意志があったなら、双方利益の一致を見たという点で、実に自然な成り行きです。マスコミ/広告/宣伝業界にいる人にとっては、最初から何の不思議もないことでした。あえて言えば、「スポーツの実績」で一般入試免除になる例と、何ら変わりはないわけです。私立大学にとっての「スポーツ活動」は、企業の「スポーツ活動」とまったく同じ位置づけなのですから。



 もっとも、企業活動は、短期的展望と、中・長期的展望で評価されなければなりません。広報・宣伝活動も、同様です。短期的にはともかく、今回の一件が、早稲田大学にとっての中・長期的経営視点からどのような効果を及ぼすのは未知数ですね。

 どうも日本のマスコミは「スポーツ」とか「私学教育」に関して、「企業活動」および「経営的側面」を欠いた記事ばかりを「意識的」に垂れ流すので、あえて書いてみた次第です。加えて、ここまでいろいろマスコミに書かれると、別にファンでなくても「広末さん、せっかく合格したのだから、"雑音"を気にせず、楽しい大学生活を送って下さいね」、と応援したくなります。(99年2月14日)


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