「家族愛」とは何か---を徹底的に考えさせられる感動作
高嶋哲夫・著 「ミッドナイト イーグル」 (文藝春秋社刊)

ミッドナイトイーグル表紙 相変わらず、読書をさぼっている、わたくしです。読まなければならない本が、山のように積み上がっております。はて、どこから手をつけてよいものやら・・・。・・・と、あれこれ迷っていたら、「高嶋先生の本、とても面白いよ」と、妻・ゆみこ。それでは何冊も手元にキープしてある高嶋さんの著書から始めましょう。・・・などと、のんびり考えていたら、妻・ゆみこ曰く「ミッドナイト イーグルは、感動物よ。で、どこが素敵なのかと言えば・・・」。危ない、危ない。このまま喋らせておくと、物語の中身まで読む前に全部バラされてしまいます。ゆみこに「結末を喋るなよ」と釘を刺して、読み始めたわたくしです。

●2つの「面」が1つの「点」に集約、その過程で生まれる「家族の絆」

 北アルプスと東京・福生市の米軍基地で、2つの事件が発生。北アルプスで発生したのは米軍機の墜落事故。真夜中だったため、主人公の1人である「男」が新雪の山中で目撃したのは、空を飛ぶ黒い影と、それが火の玉となって落ちるシーン。そして耳に聞こえたのは「影」が飛来する異様な音と、火の玉が山の向こうに消えた後に起こる爆発音。もちろん男は米軍機の墜落事故などとは知る由もありません。しかし彼は、それまで鍛えた「感」で、「何か重大なこと」が起こったと察知します。実はこの男、幾多の修羅場をくぐって戦場の悲惨さを伝えてきた、国際的な報道カメラマン。丁度、食料が尽きかけていた彼は、いったん穂高町の自宅に戻り、今度は親友の新聞記者を伴って再び北アルプスの山中へと真相を探りに出かけます。しかし、何故か警察と自衛隊が道路を封鎖し・・・。この封鎖を切り抜けて山中に挑んだ2人を軸に、北アルプスでの壮絶な物語が展開されます。

 一方、福生の米軍基地で起こったのは、何物かによる侵入事件。侵入者のうちひとりは基地内で射殺され、もう一人は重傷を負いながら、基地外へと脱出します。契約している週刊誌の編集長命令で、この事件を追うことになったのは、6歳になる男の子を持つ、駆け出し同然の女性ジャーナリスト。彼女が福生の現場で見たのは、異様なまでの厳戒態勢と奇妙な雰囲気の記者会見。ここから東京を舞台に、彼女の緊迫した取材活動が始まります。

 北アルプスで親友と「事の真相」を追っているカメラマン。彼は仕事優先のあまりに妻子に逃げられて、アル中の一歩手前。そして、福生事件を追うジャーナリストこそ、カメラマンのもとを去った妻。お互いがまったく知らない間に、別々の事件を追うことになります。北アルプス山中と東京とで。物語は、この2つの「面」で起きる出来事を、同時進行的に展開します。そして、その過程で明らかになるのは、カメラマンが北アルプスで追っているモノには極めて重大な秘密が、そして恐ろしい影響力があること。一方のジャーナリストが追い求めているのは、その「秘密」の根元となるものであること。物語は徐々に、「面」から「線」へ、「線」から「点」へと集約されていきます。一方、背景は日本だけでなくアメリカ合衆国、北朝鮮、韓国、中国・・・と壮大に広がりを増してきます。

 「面」「線」そして「点」。いずれも物理的なものでありながら、物語の中では主人公たちの心理的立場を表しています。そして最後に主人公たちは、心の底から理解するのです。カメラマンにとって愛すべき者、そして「守らなければならない」者は、妻子であることが。ジャーナリストにとっては、自分を本当に愛した人、そして守ってくれる人は夫であることが。そこには壮絶な結末が待っています。その壮絶な最後に至る過程を読み進むうち、溢れる涙で机の上を濡らしてしまった、不肖かずみであります。


●緻密で卓越した背景、そして心理描写

 この作品を背後から支えているのは、リアリズムです。実に緻密な描写。カメラマンがたどる道程とそのシーンは、少しでも北アルプスの「道」、あるいは地図や気象条件を頭に入れている人ならば、非常なるリアリティを持って、脳裏に再現されることでしょう。一方の東京のシーンも同様です。「これでもか」と言うまでに、街の風景を徹底的に書き込んでおります。このリアリズムがあるからこそ、壮大な物語が思わず身近に、現実味を持って感じ取れてしまうのでしょう。登場する兵器の名称や性能も、実に正確です。

 そしてこの物語、読んでいて息を付く暇がありません。別の言い方をすれば、気が抜ける場面がないのです。こうした作品構成は正否両面の可能性があります。成功すれば最後までグイグイと読者を引き付けますが、失敗すれば読者を途中で疲弊させ読書を放棄させることになってしまいます。幸いにして本書は、最後まで不肖かずみという、極めて我が儘な読者を引き付けてくれました。

 最後までこの作品にわたくしを引き付けた要因は、主人公たちの心理描写です。ごく、さり気ない描写が、次第に別れた二人の心を近づけて行くことに気付きます。それだけではありません。「準主役」や「脇役」たちの言動と心理描写が、物語に緊迫感を与え、華を添えております。ちなみに、最初は半分アル中のカメラマンが、実際にはプロ・カメラマンや自衛官などのあこがれの的である、国際的カメラマンであることが、準主役や脇役の言動によって徐々に明らかになってくるのです。

 圧巻は、「家族の絆」。これをここで書いてしまうと物語の全貌が見えてしまうので、止めておくことにいたしましょう。でも、ちょっとだけ書いておくと・・・小さな水脈が徐々に太い流れとなって、最後は怒濤のような勢いに達して物語は終わります。この「水脈」こそ、「家族の絆」です。

●高度な技法を適用した見事な変奏曲

 音楽に例えれば、この作品は一種の変奏曲です。通常の変奏曲ですと、まず主題が出て、それから変奏の展開が始まります。この作品は逆。まず「序章」で、奇妙な変奏が鳴り渡ります。そして始まる一連の変奏。最初は、ごく僅かに主題の片鱗が聞こえます。それも主題とは、一見して聴き手(読者)に分からないように。そして、徐々に変奏が脈を成し、末尾では壮大なる主題が姿を現します。その間、変奏はさらなる変奏を派生して、別の主題を呼び起こしたり、根本となる主題を意識的に遠くに響かせたり・・・。そう、その主題こそは「家族の絆」。

 この1冊、ミステリーとサスペンスのかたちを借りた叙情的心理小説。「家族の絆」に感動させられる物語なのです。(2001年8月14日)


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