天は二物を与える

 「天は二物を与えず」--という言葉がありますね。はっきり言って、ウソです。大ウソです。

 「音楽業界」を見てみましょう。古くはクララ・ハスキルさん、現役ではマルタ・アルゲリッチさま、諏訪内晶子さん・・・。明らかに、冒頭に挙げた文言に反します。(注:拙宅では、「アルゲリッチさま」「ブーレーズさま」と、このお二方には「さま」の敬称を付けて、お呼び申し上げております。幾多の生演奏を聴いているわたくしどもですが、このお二方の演奏には心底感銘いたしたものでございますから)

 こうした「流れ」が、いわゆる「ビジネス界」にも、押し寄せて参ったようでございます。

 ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを・・・じゃなかった、不肖・夫かずみは散らかったデスクの上で、海外支局からの記事を整理しておりました。さまざまな原稿は雑多で、デスクのまん中にある灰皿からは、何とも云えない変な匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。作業場は丁度朝なのでございましょう。

 ふと原稿を見ると、
素敵な女優さんの写真が混じっております。「なんじゃい、これは?」。夫・かずみは、寝ぼけ眼で言いました。そもそも、夫・かずみの査読する記事など、「経済」だの「ハイテク」だの「訴訟」だの、およそ色気のないものばかりです。女優さんのご尊顔など、よほど特殊なケースでないと扱いません。

 寝ぼけた頭で原稿を見ると、何と「
ヒューレット・パッカード(HP)社、新CEO(最高経営責任者)決定!」の見出しが踊っているのです!

 夫・かずみは、いっぺんで目が覚めました。「従業員10万人を抱える、世界第3位のコンピュータ・メーカーのCEOが、こんな素敵な女性だとぉ???!!!」。


(c) Hewlett-Packard

 その方は、カールトン・フィオリーナさん(写真左)。通信機器最大手・ルーセント・テクノロジの重役(子会社の社長)です。彼女をHPがスカウトしてというのです。夫・かずみは「配信者が写真を付け間違えたのではないか」と、念のためHPに照会してみたのですが、ズバリそのものでした。

 後は絶句。日本で言えば、富士通かNECで、若い美貌の社長が誕生したようなものですから。誤解ないように申し添えると、
大企業の社長が男性だろうが、女性だろうが関係ないというのが、夫・かずみの考え方です。あくまでも問われるのは、本人の経営者としての資質、そして実力だからです。

 この日、HPの株式は高騰、一方のルーセントは大幅下落です。

 しかしなぁ・・・。その日、記者連中が集まってのオフィスでの会話。「この若さで、この美貌で、HPのCEOか・・・。もう、何にも言えん。わしらの存在価値って、いったい何なんだ・・・」。そして結論。
「天は二物を与える」。夫・かずみが「初来日のときには、単独会見を設定して下さい」と、HPの日本法人に頼み込んだことは、言うまでもありません。



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