其の拾六 あなたも諦めないで---絶版楽譜の探し方

ピヤノ・ソロの楽譜に比べ、連弾や2台ピヤノ曲の楽譜は、往々にして絶版になりやすいものです。もちろんソロの楽譜---特に編曲物や珍品など---も常に絶版の危機に瀕しておりますが、連弾/2台ピヤノ曲はソロの比ではありません。今回は、不幸にして絶版になってしまった楽譜を入手するための方法をご紹介いたします。


 演奏会やCDで曲を知り「この曲を弾いてみたい」「楽譜を参照してみたい」というケースに至る方は、結構多いのではないでしょうか? わたくしたちも例外ではありません。ところが連弾/2台ピヤノ曲の場合、出版社に問い合わせると「絶版です」という答えが返ってくるケースが相当数挙げられます。でも、諦めてはいけません。確実ではありませんが、絶版譜を入手する方法は、いくつかあるのです。ここで紹介するのは、わたくしたちが絶版譜を入手するために実際に取った手段---すなわち、その気になればどなたでもアプローチできる方法です。従って「知り合いルートで入手した」、などの手法は省いてあります。

●予防的措置

 ただ、幾通りかの絶版入手ルートがあるものの、弾きたい曲、楽譜を参照したい曲を、いきなり見つけようとするのは、経験から言って至難の業です。正確な数では申し上げられませんが、わたくしたちの経験から、10曲の楽譜を入手したいとして、1曲見つかったら御の字です。例えば中古楽譜の宝庫として知られているウイーンの「Doblinger」に乗り込んで、古書部のマネージャさんの協力で2時間に渡って全部の在庫をひっくり返したことがありましたが、求めていた楽譜は1冊も見つかりませんでした(それ以外の収穫は、大きな物がありましたが)。

 従って、ちょっとでも「お、これは興味があるな」と感じた楽譜は、迷わず入手してしまうのが、絶版譜対策への第一の予防的措置といえるでしょう。もちろんお財布の中身と相談し、断念せざるを得ないことも多くあります。例えばわたくしたちの場合、Ernest ChaussonやAlberic Magnardの交響曲の連弾譜を手にとっておきながら「ちと高いな。今度にしよう」とほったらかしていたら絶版になってしまい、入手不能状態に陥った経験があります。楽譜の購入は、あくまでもご自身のキャッシュ・フローとの相談になるので、無理をなさることはお勧めしません。しかしながら、もしぎりぎりの予算があるなら、迷わず購入してしまいましょう。そこで購入せず、後から入手不能になったら「ご縁がなかった」あるいは「宿命」として、一旦は潔く諦めましょう。そして、何とかして所望の楽譜が目の前に出現するのを待つのです。

公共機関にアプローチ

 絶版になったからといって、お店からすぐに消える訳ではありません。ひょっとすると在庫があるかも知れません。国内でしたら「アカデミア・ミュージック」や「カマクラムジカ」あたりに相談してみるのが得策でしょう。それでもダメだったら、まず頼るのは
公共施設です。公共施設とは、国や地方自治体、大学/短期大学の図書館です。ここで見つけることができれば、コピーの実費だけで楽譜が入手できます。

 東京近辺にお住いの方でしたら、「東京文化会館音楽資料室」を訪ねてみることをお勧め致します。わたくしたちは、こちらでかなりの数の絶版譜のコピーを入手することができました。地方にお住いの方は、県立図書館に相談されるのがいちばんです。そして、「資料の山」があるところに行き着いたら、「即座には必要ないけど、ちょっとでも興味がある」というような楽譜があったら、迷わずコピーしてくることです。

 ちなみに国内で出版された楽譜であれば、東京都千代田区永田町の「国立国会図書館」で、ほとんどの資料が閲覧/複写できます。ただし閉架式の上、利用者が多いので、ひとつの資料が出てくるまで1時間、複写が終わるまでさらに1時間などというケースはざらです。

 このほか頼りになるのが、音楽大学や短期大学の図書館です。その大学の教官や在学生以外にも資料を公表しているところはいくつかあります。「MLAJ 音楽図書館協議会」のWebサイトで、こうした教育機関の図書館に関する紹介をしております。ダメもとで、連絡してみることも良い方法でしょう。

 もしあなたが国立/公立/私立を問わず大学/短大の職員や学生さんだったら、話はもっと簡単です。「NII 国立情報学研究所」のWebサイトにアクセスすれば、全国の大学/短大で所蔵している資料のデータベースが参照できます。このデータベースは別に大学関係者ではなくても、どなたでも参照できます。大学/短大の職員や学生さんの場合、こちらで見つけた資料を、ご自身の大学/短大の図書館を通じて、相手先の大学/短大の図書館に「資料複写」の請求を出せば、コピーを簡単に入手できます。わたくしたち自身、このデータベースでArenskyの「組曲第5番:カノン形式による組曲 作品65(全曲)」の楽譜が、ある大学の図書館に存在することを見つけ、友人の大学教官にお願いして取り寄せて頂いたことがあります。もちろん、お探しの資料が見つかるという保証はありませんが、試してみる価値のある一施策に違いありません。

●出版社に直談判

 確実とは言えませんが、絶版譜を入手する非常に効率的な手段として、その楽譜を出していた出版社に直談判し、コピー譜の作成を依頼することが挙げられます。欧米の出版社は絶版にした楽譜でも1冊を書庫に残しておいて、コピー譜作成の依頼に応えている会社が結構あります。ただし、全てを残してあるわけではないので、直談判したところで確実に入手できるとは限りません。また、コピー譜を作って頂くとなると、それなりの費用がかかることを覚悟しなければなりません。

 これまでコピー譜の作成に応じて下さったのは、C.F.PetersUniversalBoosey & HawkesDurandです。信頼できる筋によればSchottもコピー譜を作成して下さるとのこと。Schottの場合は東京都千代田区にある「ショット・ジャパン」に連絡すれば、丁寧に対応して下さるとのことです。
G.Schirmer / Hal Leonardは、「コピー譜を作成してあげるよ」との返事を頂きながら、その後の対処がまったくダメでした。

 コピー譜作成を依頼するには、まず出版社とメールでやりとりすることが必要になります。「コピー譜の作成ができますよ」という返事が来たら、正式な発注書を自分で作成し、ファクシミリで届け先の住所や電話番号、クレジットカード番号などを連絡します。メールでこうした個人情報を送信するのは、セキュリティ面から見て非常に危険です。相手には「ファクシミリで正式な発注書を送付しますよ」とメールで連絡するのが良いでしょう。メールやファクシミリのやり取りは、英語で大丈夫です。

 気になるお値段ですが、約100ページの楽譜をコピーして頂いて、1万円〜2万円程度かかることは覚悟して下さい。その代わり、きちんと装丁された、素晴らしい楽譜が出来上がってきます。ただし、すべてが自己責任になりますので、十分な準備と注意が必要です。

●もしも海外に出たならば・・・

 幸いにして海外旅行をする機会があったら、訪れた街の楽譜屋さんを訪ねてみることをお勧めします。驚くほど安い価格で、貴重な資料が山のように入手できます(「ウイーン楽譜店襲撃の巻」および「雨のミュンヘン突撃隊」をご参照のこと)。ただし、欧州の楽譜店では、自由に楽譜を触らせてくれないところが大半です。そこで売場の責任者の方と談判して「あなたのところの在庫に、素晴らしいものがあるかも知れない。是非、わたしたち自身で在庫を見てみたい」と交渉することが必要になるケースが想定できます。わたくしたち自身も「わたしたちは日本から来た、ピヤノ・デュオの研究者です。是非、在庫を見せて下さい」とはったりをかまして、在庫を自由に見せてもらうことができました。

 いざ在庫閲覧の許可が出たら、ちょっとでも「欲しいな」と思った物件は、迷わず購入してしまうことです。そうしないと、後悔することになりますよ。これまでの経験から、非常に貴重な楽譜が信じられないほど安い値段で---20冊購入して1万5000円とか---入手できます。

 楽譜屋さんの探し方ですが、知り合いに少しでも詳しい方がいたら、場所を教えてもらうことが手っ取り早い方法です。そうした方がいない場合には、まずホテルのコンセルジェに街で一番大きな楽譜屋さんを教えてもらいます。そこへ行って中古を扱っていれば、めでたしめでたし。もし中古を扱っていなければ、今度はその楽譜屋さんに「この近くに中古の楽譜を扱っているお店はありませんか?」と聞いてみて下さい。また、Webサイトの情報も、いろいろ参考になります。

●ネットで古本屋さんにたどり着く

 海外に出なくても、手軽に中古本を見つける手だてはあります。Webのサーチエンジンを駆使してみて下さい。この手段を使って、わたくしたちは最近、楽譜専門の古書店を発見、DeliusやLiadovの管弦楽曲を連弾用に編曲した貴重な楽譜を入手することができました。わたくしたちが入手した楽譜は、非常に状態のよいものでした。ただし、価格面で見ると、ちょっと割高になります。

 この場合も、相手方にメールを送り「これとこれが欲しい。ついては、わたしたちのために確保しておいて頂きたい」ということを伝えます。もちろん「即座に返事が欲しい」ということを明記して。すると相手から「何日間だったら確保できる」というメールが来ます。すかさず「これからファクシミリで住所と電話番号、クレジットカード番号を送るぞ」というメールを送信し、正式な発注書をファクシミリで送信することになります。



 以上、いくつかの「絶版譜を入手する方法」を列記してみました。いずれも実際にわたくしたちが試した方法です。皆さんも試してみては如何でしょう? ただし、いずれの方法でもある程度の「労力」が必要となることは付記しておきます。要は、決して諦めず何年かかっても見つける、そしていつでもWebを通じて情報を探しまくる、さらに外国の場合、相手と直談判するという労力が不可欠であることを申し添えておきます。



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