フォーレの作品 
Gabriel Faure
(1845〜1924)



☆ドリー☆
Dolly
作曲年代:1896
演奏形態:連弾
原曲:連弾オリジナル
参照楽譜:International、Peters(London)


 Faureが、自分一人で作った、かつ連弾オリジナル曲としては、この作品が彼の連弾作品として唯一の存在となります。あれほど多くの、魅惑的なピヤノ曲を作曲したFaureでありながら。ただし、数ある連弾曲の中でも、「幸福感の具現化」という点では、随一の作品と言えましょう。若干、両奏者の手の接近はありますが、ロマン派(あるいはそれ以降)の連弾曲としては、極めて「弾きやすい」作品です。


楽曲構成

1 子守歌 Berceuse ホ長調 Allegretto Moderato
2 ミ−ャ−ウ Mi-a-ou ヘ長調 Allegro vivo
3 ドリーの庭 Le jardin de Dolly ホ長調 Andantino
4 子猫のヴァルス Kitty valse 変ホ長調 Tempo di valse
5 優しさ Tendresse 変ニ長調 Andante
6 スペイン舞曲 Le pas espagnol ヘ長調 Allegro



 楽譜は複数の出版社から出ており、入手しやすいのも魅力です。しかし、別の点から見ると、
要注意です。出版社ごとに楽譜の表記が見事なほどバラバラ(複数の版元がある場合、普通に発生することですが)。手元にあるのはInternational版とPeters版(注:London Peters版。Leipzig Peters版とは別物)ですが、アーティクレーションやフレージング、強弱記号の付け方の相違が、それは恐ろしいほど見られます。例として、第2曲「ミ−ャ−ウ」(Mi-a-ou)83小節目を見てみましょう。

International

Peters(London)



 まず、アーティクレーション。2拍目と3拍目の間、International版は何の指定もありません。一方のPeters版は、スラーの指定があります。しかもスラーの真ん中を横切る短い線分が(印刷上の「ゴミ」ではありません)。そう「2つの音符は滑らかにつなげるのだけど、音の受け渡しの時に、一瞬切るんだよ」と言う、細かい指示であります(「余計なお節介だ」という見方もありますが)。

 強弱記号となると、International版は84小節目の頭に「f」が、Peters版は83小節目の2拍目に「f」が記載されております。このフレーズは83小節2拍目から始まるので、強弱記号の付け方の相違は「フレーズのどこで“気合い”を入れるのか」、の相違となって現れます。実際に弾いて見ると、恐ろしく印象の異なった音楽になります。ちなみにわたくしたちには、International版の表記では演奏上の無理があるように見えます。これでは、「一度打鍵した音を伸ばしながら強くしろ」と言っているようなものですから。2つの版を比べると、こうした指定の相違が続々と。

 同様に凄いのは、速度指定の違い。たとえば第3曲「ドリーの庭」。4分音符1つが、International版では「96」、Peters版では「69」となっております。

 まあ、どの楽譜を使っても、最終的な表現は演奏者が決めれば良いこと。上記に挙げた点は、些細なことです。でも、この曲のような「微妙なアーティクレーションノ美しさ」を売り物のひとつとする曲で、これほど楽譜によって違う表記があったら、演奏者は相当に注意しなければなりませんね。楽譜を鵜呑みにせず、自分たちで、どうやって曲を作るのかを明確に持つことが求められるのではないでしょうか。

 ちなみにPeters版、両奏者の手が「楽譜上で同じ音を弾く場合」に関して、実に的確なアドヴァイスを譜面上に表記してあります。しかも巻末に全曲を通じての演奏および読譜に関する詳細なコメントが示されております。International版は、運指についてのアドヴァイスが譜面上であるだけ。国内でも、音楽之友社と全音楽譜出版社が、この曲の楽譜を出しております。国内2社の楽譜は「立ち読み」ですが、4つを比較したところ、Peters版の楽譜が、見やすさ、適切なアドヴァイスなど、さまざまな面で充実しております。もし楽譜を新たに購入するならば、Peters版(注:最初に述べたとおり、London版)がお勧めです。




 以下、蛇足。このドリー。第3曲「ドリーの庭」で、同じFaureの「ヴァイオリン・ソナタ 第1番」の第4楽章・第1主題とほとんど同じ旋律が現れ、「どきり」と致します。

「ドリーの庭」 プリモ・7小節目

ヴァイオリン・ソナタ 第1番 第4楽章 冒頭




☆バイロイトの想い出☆
Souvenire de Bayreuth
作曲年代:1880
演奏形態:連弾
原曲:連弾オリジナル (Andre Messagerとの合作)
参照楽譜:Edition Musicales du Marais
参照CD:「Floraison du Piano a Quatre Mains en France」
Alion ARN 268170


 R.Wagnerの楽劇「ニーベルンクの指輪」に現れる「動機」で構成した、エレガントで楽しいな連弾曲。曲中で「動機」は、かなり変形/単純化され、爽やかに響きます。Wagnerの原曲から「暗さ」と「重さ」を一切取り払い、「骸骨」にした上で素材とし、それを伸びやかに展開します。実に健康的なWagner! 各「動機」を、かなり自由に組み合わせております。弾いても聴いても、楽しめる1曲です。

 実はこの曲、G.FaureとA.Messagerの合作です。ところが、どこをFaureが、どこをMessagerが作ったのか、判明しませんでした。そこで、とりあえずFaureの項目に入れた次第です。

 楽譜によれば曲全体の構成は「カドリール」(quiadrille)形式。「カドリール」とは、18世紀に発生したダンスの形式。音楽は6/8拍子と2/4拍子が交互に現れ、5部(5曲)で構成します。ただし、この曲は「第3曲」を除き、2/4拍子です。

 同様の作品として、Chabrierの「ミュンヒェンの想い出」がありますね。そちらは「トリスタンとイゾルデ」の主題をカドリール形式にまとめたもの。こちらは使用する主題が「ニーベルンクの指輪」であるだけの違いです。作曲は、こちらFaure+Messager組の方が先。もっとも、FaureとMessagerが、それぞれどの程度作曲したのかは、いくら調べても不明でした。

 楽曲構成と使用した「動機」は、以下の通りです。

曲番 調性 使用動機
ニ長調 ワルキューレの叫び、ワルキューレの動機、角笛の動機
嬰ニ短調 隠れ頭巾の動機、ヴォータンの怒りの動機
変ロ長調 「冬の木枯らしも去り」、自然の動機(II)
ホ長調 波の動機、ジークフリートの動機
変ホ長調 角笛の動機、恋の絆の動機、ラインの乙女の動機


 5曲ありますので、第1曲を例にして見てみましょう。

譜例1 冒頭:ワルキューレの叫びが聞こえます


 まず、冒頭に現れるのは、「ワルキューレの叫び」(譜例1)です。続いて有名な「ワルキューレの動機」(譜例2)が出現。

譜例2 ワルキューレ飛来! かなり自由に編曲しています


 最後は「角笛の動機」(譜例3)が出現し、最後に曲を「振り出し」に戻します。

譜例3 「角笛の動機」、現る!


 このように、複数の動機を短編的に、そしてかなり自由に扱っている点に着目できます。他の4曲も、似たような構成です。

 折角のエレガントで楽しい曲なのに、演奏/録音の機会が少ないことは、非常に残念な曲であります。