三善 晃の作品 
Akira Miyoshi
(b.1933)

今更紹介する必要もない、現代日本を代表する作曲家の一人です。数々の名作を世に送り出していらっしゃいますが、特に鮮烈なのは管弦楽と合唱のための3部作---「レクイエム」(1971)、「詩編」(1979)、そして「響紋」(1984)---です。とりわけ個人的に傾倒しているのが童声合唱と管弦楽のための「響紋」です。幸運にも「響紋」の初演に立ち会うことができました。17年経った今でも、あの素晴らしい初演---尾高忠明さんと東京フィル、東京放送児童合唱団の皆さんの演奏でした---を耳にしたときの、強烈な衝撃と深い感動は忘れることはできません。その他、数々の名作がありますが、さまざまなところで紹介されているので、ここで紹介するのはこのあたりにしておきましょう。なお氏のピヤノ・デュオ作品は、「カイエ・ソノール(Cahier sonore:音の手帳)」(連弾オリジナル)、「2台のピアノのための 響象 I」、「同 II」(いずれも2台ピヤノ・オリジナル)、「唱歌の四季」(童声合唱と2台のピヤノのための。後に2台ピヤノ曲として再編曲)などがあります。


☆ 唱歌の四季--2台ピアノのための ☆
作曲年代:1979/1986
演奏形態:2台ピヤノ
原曲:童声合唱と2台ピヤノ
参照楽譜:音楽之友社
参考CD:「こんなときに」〜ピアノでえがくメルヘン
田中瑤子+三善晃(ピヤノ・デュオ) Fontec EFCD3201

 「唱歌」を原曲にした、非常に素晴らしいトランスクリプション。2台ピヤノ用のレパートリとして、もっともっと弾かれてしかるべき作品です。楽譜には「三善晃編曲」とありますが、もう完全に編曲の域を超え、立派な創作になっています。流麗な和声の上に流れるピヤニスティックな音の連続。「素材」の良さを全く失うことなく、非常に上品な2台ピヤノ曲としています。とても魅力的なピヤノ・デュオ曲と言えましょう。

 元々は東京放送児童合唱団の委嘱で、2台ピヤノと児童合唱のために書かれた作品です。この楽譜は河合楽器製作所から出版されております。その後、混声合唱やソロ・ピヤノ用などに編曲されており、いくつかの版があります。2台ピヤノ用の版は、故・田中瑤子さんのために書かれております。
田中瑤子さんと作曲者による演奏を収録したCD、秀逸です。聴いて損はありません。未聴の方、是非お聴きになってみては如何でしょう?

 さて、この曲、以下の5曲で構成しています。各曲に要求される技術レヴェルは、ソナタアルバム修了程度です。ただし、音が厚くなったり、旋律が内声部にきたり、1本の指で旋律を弾いたり、両奏者間で微妙なタイミングで旋律の受け渡しをしなければならない、と言った箇所が続出し、演奏上は結構厄介な局面があります。そこが、この曲の面白さでもあるのでしょうが、この点をクリアしないと曲は死んでしまいます。演奏する上では、一工夫必要となるでしょう。

曲順 原曲 原曲作曲者 CDでの演奏時間(参考)
朧月夜 岡野 貞一 3分15秒
茶摘 文部省唱歌 2分05秒
紅葉 岡野 貞一 2分09秒
文部省唱歌 1分23秒
夕焼小焼 早川 信 3分43秒

 参考のために各曲の原曲における出だしの歌詞は---「菜の花畑に、入り日薄れ、見渡す山の端、霞深し」(朧月夜)、「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が繁る」(茶摘)、「秋の夕日に、照る山紅葉」(紅葉)、「雪やこんこ、霰やこんこ」(雪)、「夕焼け小焼けで、日が暮れて」(夕焼小焼)---であります。こうした素朴な原曲に、実に流麗な2台ピヤノ曲として、新たないのちが吹き込まれているのです。ある意味で、トランスクリプションの模範といって良いでしょう。2台ピヤノの演奏会を開かれる方、2台ピヤノで遊ぼうとされる方、一度は手がけてみては如何でしょうか。トランスクリプションとして、お勧めの1曲です。演奏効果も大変に上がります。

 但し、物理的な楽譜そのものには、
不満があります。邪悪です。2台用作品であるにも関わらず、第1が右ページ、第2が左ページと、まるで連弾楽譜のような作りになっているのです。2台ピヤノ曲の場合は、第一/第二を分冊にするか、スコア形式で表記するのが普通です。連弾の場合なら、プリモを右に、セコンダを左に記述する意味はあります。ところが2台ピヤノ曲の場合、この楽譜のように表記する意義は全くありません。弾く上では、第一は常に右ページを、第二は常に左ページを見るという「訓練」をしなければなりません。一方、曲の分析をしたりCDや他の人の演奏を聴きながら楽譜を参照するには、とても不便です。弾き手にとっても、読譜者にとっても、なんのメリットもない作りです。楽譜の構成としては、大変に邪悪、邪悪極まりない作り方です。この楽譜を担当した、音楽之友社の編集者の力量を疑ってしまいます。折角の名トランスクリプションなのに、こんな楽譜の作り方をするなんて、作曲者にも演奏者にも失礼です。しかも一瞬、購入者に誤解を与える可能性すらあります。一応表紙には「2台ピアノのための組曲」としてありますが、上記のような作りの上、最初の1ページ目を見ると、一瞬、連弾用楽譜のように受け取ってしまう構造になっています。現に妻・ゆみこは1ページ目を見て、「これって、連弾だったかしら?」と、のたもうたくらいです。わたくしたちは様々な楽譜を見ていますが、これほど邪悪な作りの楽譜も珍しいです。何とかならなかったのでしょうかね、音楽之友社の担当編集者!